──「Innercity」で初めて素材に段ボールを使用されましたが、それはなぜだったのですか?
玄武岩が展示された最初の展示室と、オンラインショッピングの時代とともに進化してきたこの素材には、非常に大きな違いがあります。Amazonは年間200億個あまりの荷物を配送しています。つまり、すべての人が4個ほどの段ボールを使っているということになります。ですが、実際にはこの配送方法を利用できるのは、世界の半分にも満たない人たちだということを、私たちは知っています。ということは、私たちは毎年少なくとも8個の荷物を、Amazonから受け取っているということになります。
私の二酸化炭素(CO2)の排出状況は十分悪いでしょうから、合理的に考えて、段ボールを選びました。スチールを使うこともできたと思いますが、居場所を持つことにならなそうな作品をまたひとつ生み出すことを、正当化できませんでした。そこで、都合のよい解決策として選んだのが段ボールです。ですが、業界関係者とかかわる中で、段ボールがこの時代においていかに強力なメタファーであるかということに気づきました。
──なぜ作品の中に入り、はって歩き、体を曲げて動くことが来場者たちにとって重要なのですか?
作品から一定の距離とって鑑賞する、というギャラリーや美術館のルールを破ること、そこが肝心なところです。この作品はその中に入り、四つんばいにならなければ鑑賞できないということがポイントなのです。もし誰も中に入らなかったら、この作品は失敗だということです。
──この作品の中に入ってみた人たちに体験をしてもらいたいのは、どのようなことですか?
箱の中身を知ることが持つ魅力と、実際に箱の中に入ることの違いです。中に入って少し時間がたつと、内部の広さは外から予測できないことがわかるでしょう。外側から見て、それが休んでいる人の体の形だということは、わかっていたかもしれません。ですが、内部は奇妙なほど、大きさを感じません。
イメージや物語を見出そうとするのをやめ、リラックスして、ただ光の差し込み方に注意を向ければ、感情に対して構造物が持つ潜在的な力、光と闇の関係や、上方や箱の外が見えるかもしれないと認識させる力と、もう一度つながることができるかもしれません。
中に入ってみなければ、外を理解することはできません。「内」と「外」、「開かれていること」と「閉ざされていること」、そうした「調和」または「二元性の消失」、そして人体の中を通り抜けるのが、別の人体との間を通るよりも簡単だということもまた、私にとっては重要なことでした。


