―― そこからどのようにして世界へ広がっていったのですか?
宮田:うちのワイヤーを使うことで、これまで成功率が6割以下だった難治病変(CTO)の治療成功率が8割へと劇的に跳ね上がりました。「5人の侍」をはじめとする日本のドクターたちが国内外の学会でその驚異的なデータを発表し始めたことで、世界中のドクターから「あの日本のワイヤーが欲しい」と口コミで噂が広まりました。
特に、私のメンターであり、私が「ブラックジャック」と呼んでいる加藤修先生という方がいます。世界のトップとしてブラックジャックのように一匹狼で活躍されている加藤先生がドイツへ行かれた際、先生から「ドイツで治療をするから朝日インテックのワイヤーを用意してくれ」と言う。そこで、我々も必死でヨーロッパの認可(CEマーク)を通しました。それがきっかけで、イタリアの名医アントニオ・コロンボ先生が加藤先生を呼び、ミラノとニューヨークを衛星回線で結んだ「公開手術(ライブデモンストレーション)」の執刀医を依頼するのです。
それを見たニューヨークの世界的権威、マーティン・レオン先生から、ある日突然うちの工場にファックスが届きました。「加藤先生の手術を見た。あの画期的なワイヤーをアメリカでも使いたいから送ってくれ」と。当時はまだ小さな会社でしたから、「マーティン・レオンって誰だ?」という状態でした(笑)。加藤先生に聞いたら「ものすごい大物だぞ」と。
ただ、アメリカ市場は訴訟リスク(PLリスク)や特許の問題などリスクが高すぎたため、最初は怖くてお断りに行きました。するとレオン先生が「リスクを回避するために、アメリカのメガ医療機器メーカーと組めばいい」と、わざわざ学会の忙しい最中に私の手を引いて、ジョンソン・アンド・ジョンソンやメドトロニックなどの大手のブースを一緒に回って「アサヒという面白い会社があるから、販売権を買え」とプロモートしてくれた。結果として時期尚早と判断しその場での契約は見送りましたが、そこから7年かけて準備をして、ついにアメリカのFDA(認可)を取得しました。
―― それが、先ほどおっしゃった「ニューヨークCTOサミットがブレイクスルー」という話に繋がるのですね。
宮田:そうです。FDAが取れたことをレオン先生に報告すると、「俺は7年待ったぞ!」と大喜びしてくれました。そしてレオン先生がニューヨークで世界のトップドクターを集めた「CTOサミット」を開催することになり、うちに出展・協賛の依頼が来ました。


