―― もともと工業用だった御社が、なぜ心臓という最も難しい医療領域に飛び込めたのですか?
宮田:うちの父(創業者:宮田尚彦)の時代、オリンパスさんが内視鏡を曲げるための細いワイヤーロープを探していました。当時うちの工場は本当に小さな町工場で、応接室も、トイレもなかった(笑)。でも、父の強い信念で、品質管理のための非常に高価な「引張試験機」だけは工場に置いてあったんです。
オリンパスさんがそれを見て、「この会社は応接に金をかけず、品質に金をかけている。信用できる」と、ワイヤーの採用を決めてくれた。これが医療機器参入の原点です。
ただ、オリンパスさんは大カスタマーですから、私たちが自社ブランドの医療機器メーカーになろうとした時、競合する消化器内視鏡の分野には義理立てとして参入できなかった。そこで「消化器以外で、自分たちの技術が活きる場所はどこか」と探した結果、最も難易度の高い「心臓の血管(循環器)」にターゲットを定めたのです。
当時、私たちは病院の「病」の字も知らない素人集団でした。そこで、以前テルモなどに在籍し、検査用ガイドワイヤー・カテーテルなどの開発で医療機器分野を牽引した百田昌司さんをスカウトし、父の技術と百田さんの医療知識の二人三脚でスタートしました。その百田さんが豊橋の鈴木孝彦先生と繋がり、鈴木先生から「その技術力なら、私の考えるワイヤーが作れるはずだ」と言われて開発したのが、1995年に誕生した『ミラクル』というガイドワイヤーです。
その後、光藤先生の「針のように先端をとがらせて突くワイヤーが欲しい」というアイデアから『コンクエスト』という製品も生まれました。ちなみに光藤先生は、かつて台湾の李登輝総統が来日して心臓治療を受けた際の執刀医で、その手術の際にもうちのワイヤーが使われています。


