私たちはしばしば、強さがリーダーシップに先立つと考えがちだ。手を挙げる前、昇進を受ける前、会社を立ち上げる前、難しい会話に臨む前、あるいは未知の領域に踏み出す前に、準備が整い、自信を持ち、確信を得て、強くならなければならないと信じている。
だが、順序が逆だとしたらどうだろう。リーダーシップは強さから生まれるのではなく、強さこそがリーダーシップから生まれるのだとしたら。いつの間にか私たちは、優れたリーダーは生まれつき自信や強靭さ、勇気や信念を備えているという幻想を作り上げてしまった。頂に立つ成功者を見て、強かったからこそ登り切れたのだと思い込んでいる。
しかし実際には、登ったからこそ強くなったのだ。恐怖に向き合わずして勇気は育たない。挫折を経ずして強靭さは身につかない。できるかどうか分からないことに挑まずして自信は生まれない。
リーダーシップとは、強くなったことに対する「報酬」ではなく、強くなるための「プロセス」である。自分が最も憧れるリーダーを思い浮かべてほしい。彼らの最大の強みは、確実性ではなく不確実性のなかで鍛えられたはずだ。完璧さではなく失敗から、快適さではなく課題から。すべてが計画通りに進んでいるときに強さが培われることは滅多にない。計画が崩壊しても、なお前に進み続けるときにこそ、強さは育まれるのだ。
これこそが、人々、特に女性の足を引っ張る最大の障壁の一つである。これまでの研究が一貫して示すように、女性はチャンスを前にしたとき、自分が完全に適格だと感じられるまで待つ傾向が強い。一方で、すべての答えが揃っていなくても、進んで飛び込む人もいる。あまりにも多くの優秀な人材が、行動を起こす前に自信が持てるようになるのを、傍観者として待ち続けている。しかし、自信は前提条件ではなく、副産物なのだ。
初めて取締役に就任したとき、初めて基調講演を行ったとき、初めて管理職になったとき、初めて起業したとき、初めて困難な決断を下したときを思い出してほしい。そのいずれも、完全に準備ができたと感じたから実現したのではない。とにかく一歩を踏み出すと決意したからこそ実現したのだ。そして、その一歩一歩が、次の一歩のための強さを培っていく。
これと同じ原則は、組織にも当てはまる。企業はイノベーティブになってからリスクを取るのではない。リスクを取るからこそ、イノベーティブになるのだ。また、組織はインクルーシブになってから帰属意識のある文化を築くのではない。意図的に帰属意識のある文化を築くからこそ、よりインクルーシブになるのである。
進歩は、条件が完璧になるのを待つことからはめったに生まれない。進歩は行動から生まれる。だからこそリーダーシップとは、すべての答えを持つことではない。答えがないまま前進する意志を持つことなのだ。あらゆる挑戦は、まだ鍛えられていない筋肉のためのトレーニングであり、あらゆるリスクは、自分の可能性を発見する機会となる。リーダーシップを発揮するたびに、次にリードするための能力が広がっていく。
最も強いリーダーとは、自分を疑わない人ではなく、疑いを抱えながらも前に進む人だ。だから問うべきは「私はリードするのに十分強いだろうか」ではないのかもしれない。より良い問いはこうだ。「もし踏み出したら、私はどんな強さを発見できるだろうか」。なぜなら、リーダーシップは強さの後に続くものではないからだ。多くの場合、強さこそがリーダーシップの後に続くのだ。



