「雇用される能力」だけでは、もはや不十分
これこそ、AIと仕事をめぐる言説が、実情に追いつかなければならない部分だ。AI時代におけるキャリアの安定性をめぐる議論は、「雇用される能力(employability)」の周囲を堂々巡りしてきた。まるで目標は単に、働き手が雇用主にとって魅力的な存在であり続けられるかどうか、であるかのように。
しかし実は、より大きな目標が存在する。それは、「個人インフラの構築」という目標だ。すなわち、AIリテラシー、学び続ける習慣、プロならではの人脈、会社を問わず通用する評価、生計を維持できる資金の確保、そして、働き方を変えることで消失してしまわないような社会保障の構築だ。
AIによって形作られる労働市場においては、今挙げた事柄はどれも、キャリアに付いてくる「おまけ」的な特典ではない。これは、どのような形で報酬を得るかを問わず、働く人が価値を作り出し続けるために必要な枠組みだ。
「適応力」というものを、個人的な特徴のみに起因するものとして片付けてはいけない。「適応力」は、インフラとして構築される必要がある。新たなスキル、不安なく新しいことを試すためのツール、チャンスを顕在化させる人的ネットワーク、所属企業の文脈を越えて通用する能力の証明、安定した生活を送れる資金を確保すること――そのどれもが、身につけるには時間がかかるものばかりだ。それらがあることで、危機が起きてからやむなく動いたり、CEOからの許可に頼ったりせずに、リスクをとる余裕ができる。
個人インフラとは、これから個人が生計を立てていく上で必要な要素だ。そして社会インフラは、個人インフラを、より大規模に機能させるものにほかならない。具体的には、公共政策、企業の慣行、教育システム、社会的立場が変わっても利用可能な社会保障、キャリア移行の資金確保などだ。どちらも、お互いがなければ機能しない。
AIリテラシーは、企業ではなく、個人に属するべき
個々の働き手にとって、個人インフラとは、AIツールや時間、プロフェッショナルを結ぶ人脈、目に見える形で能力を示す実績、生計を維持する資金の確保といったものを、「持っていれば有利な追加スキル」ではなく、「AI時代に安定したキャリアを築くために必要な一部」として捉えることを意味するはずだ。
政策立案者にとって、AIリテラシーは、こうした個人のニーズをもとに社会インフラを構築する起点の一つとなる。これはもはや、読み書きや基本的な計算と同じカテゴリーに属するものとなっている。経済的な基本的能力であり、企業が限られた者に与える特権的知識ではない。AI教育を、雇用主である企業だけに任せていては、その時々で会社が働き手に求めるものをベースに教育が構築されてしまい、その人物が今後10年間に必要とするものが顧みられることはないだろう。


