「安定したキャリア」の必要条件を変えたAI
20世紀の大半を通して、労働をめぐる契約関係は単純明快だった。企業が雇用を創出し、それを労働者が埋める。労働者は、時間やスキル、忠誠心と引き換えに、収入や属する組織、身分の保障、そしてこの先進むべき道筋を手に入れる。
各国の政府は、この契約関係を基本に、労働政策の大半を築いてきた。学校は、こうした関係を結べるような労働者を養成した。キャリアは、この枠組みの中でステップアップすることを目標に作られ、社会保障や社会的地位、さらには個人のアイデンティティまでもが、この契約に付随して生じることも多かった。
しかし、このモデルは今、同時に2つの方向からの圧力にさらされている。
第1の圧力は、働く人自身から生まれているものだ。コロナ禍以降、給与と引き換えにすべきものが何なのか、再考する者が増えている。収入と、働きがいのある仕事を求めていることに変わりはないが、それに加えて、時間やエネルギーの使い方、学ぶ内容、アイデンティティ、人生の形を、自分で決めたいと考えるようになっているのだ。
リモートワークは、こうしたシフトの中の、目につく表層にすぎない。より深い変化として、人々は、仕事に費やす1日1日は、人生の貴重な一部分を費やしていると考えるようになった。そんななかで、もはや「なぜ働くのか?」という問題意識を持たずに、唯々諾々と働くつもりはない、という人も増えている。
第2の圧力はAIから来ている。企業の内部では、AIは生産性向上ツール、つまり「より少ない人員で、より多くのことを成し遂げるための手段」と捉えられている。しかし、個々の働く者にとっては、AIは根本的に異なる意味を持つ。AIは、価値創出の壁を低くした。もはや、雇用主である企業が、ふさわしい役職や予算、チームや許可を与えてくれるのを待つ必要はない。
適切なツールにアクセス可能な人なら、文章作成や分析、デザイン、コーディング、マーケティング、調査、教育、アドバイス、製造や販売などの業務を、かつてであれば、企業の規模がなければ不可能だったやり方で、個人で実行できるようになった。
これまでの職場に起きた変化の波と、今起きている変化が異なるのは、水面下で2つの相反する要素の衝突が起きていることだ。AIは、あるスキルが重要になり、その後時代遅れになるまでにかかる時間を圧縮している。その一方でAIは、かつてだったら企業だけが所有していたツールを、個人にも利用可能にしている。スキルの有効期限はかつてないほど短くなっているが、それと同時に、こうした時代の流れについていこうとする個人は、史上初めて、企業のインフラを必要としなくなっている。
こうした2つの圧力を考慮すれば、人々がAIに対して感じている不安についても、「仕事を失うかもしれない」という単純な恐れの感情とは違う側面が見えてくる。つまりこれは、「依存することへの恐れ」のように見えるのだ。つまり、あるスキルがいまだに重要なのかどうかという判断を企業に任せてしまう依存。企業が資金を出すことを決めた教育を受ける、という依存。仕事上の肩書きや上司などが自分の価値を決めるという依存への恐れだ。


