CEOという役割は、世界で最も孤独な仕事の一つになり得る。なぜなら、CEOは社内の他のすべての人とは逆の感情を持ち、逆の行動をとらなければならないからだ。
会社が苦境に立たされているとき、会社を思いやる社員は不満や怒り、あるいは恐れを抱く。会社が勝っているとき、彼らは喜びと誇りを感じる。当事者意識のある人材を採用したなら、そうなるのは当然のことだ。
しかし、CEOの役割は単にチームの感情状態を反映することではない。CEOは、会社や社員が今感じていることの「対極」に位置すべきなのだ。不調なときには、高いエネルギーを持ち、前向きで楽観的であることを意味する。好調なときには、現実的で、批判的であり、時には少し興ざめな存在になることを意味する。
悪い時期の楽観主義には根拠が必要だ
会社が下降スパイラルに陥っているとき、チームは脅威ばかりに目を向けがちになる。業績は悪化し、あらゆる兆候が感情的に誇張されて受け止められる。そんなときこそ、CEOは組織に楽観主義と高いエネルギーをもたらす必要がある。
だが、それは偽りの楽観主義や問題の否認であってはならない。「これまでも何とかなってきた」というのは、今後も常に何とかなるという理由にはならない。危機における楽観主義は、論理的な思考とコミュニケーションに裏付けられていなければならない。チームが必要としているのは、信頼できる計画と、それを決定づける強力なシグナルだ。
伝えるべきメッセージは「いつまでにX、Y、Zを実行すれば、状況を好転させられる」というものだ。私たちは何をすべきか分かっている、だからそれを実行しよう、という態度である。こうした楽観主義は、現実を認めつつも、人々がエネルギーを注ぐべき方向性を示す。
成果ではなくアウトプットに集中する
困難な時期において、CEOがもたらすことができる最も重要な転換の一つが、チームの焦点を「成果(アウトカム)」から「行動(アウトプット)」へと移すことだ。
計画は単なる目標ではなく、具体的なタスクで構成される。それはチームが実際に実行できる事柄だ。危機の最中には、成果はしばらく悪いままかもしれない。結果は最悪な状態が続き、計画がほぼ(あるいは完全に)実行されるまでパフォーマンスは向上しないこともある。
その期間にチームが成果ばかりを見ていると、何もかもうまくいっていないように感じてしまう。それが感情の悪循環をさらに悪化させる。一方、行動(アウトプット)はより短いフィードバックループを生み出す。行動による成果は達成しやすい。こうした小さな勝利はすぐには業績に現れないかもしれないが、推進力を生み出す。
逆境においては、チームを活気づけ、勢いをつけて前進し続けるために、迅速な勝利(クイックウィン)が必要だ。業績や成果は後からついてくる。それまでは、CEOは絶えず計画を伝え、人々の意識を行動(アウトプット)に向けさせ、やり遂げた仕事そのものを勝利として称えなければならない。
計画はシンプルで、精密で、繰り返されなければならない
危機の計画が機能するのは、まずCEO自身がそれを信じている場合に限られる。CEO自身がその計画に興奮し、やる気になっていなければ、チームがそうなるはずもない。
発信は、高いエネルギーに満ち、前向きであると同時に、シンプルかつ正確で、非の打ちどころがないものでなければならない。複雑な因果関係は避けるべきだ。常識や身近な例に基づいて論理を組み立てる。人々に明確なタスクを与え、担当者を決め、締め切りを設定する。少しでも不確かな情報(シグナル)があれば、それは省く。余計なものは削ぎ落とすべきだ(Less is more)。
最も重要なのは、コミュニケーションを一回限りで終わらせないことだ。会議、書面でのアップデート、プレゼンテーション、カジュアルな雑談など、あらゆる場面で常に計画を引き合いに出し、説明し、進捗を確認し続ける。
同時に、コミュニケーションは誠実で共感できるものである必要がある。過去の過ちを認め、会社の現状をはっきりと語り、問題を過小評価しないことだ。信頼関係は、プロフェッショナルとしてのレベルだけでなく、人間味のあるレベルでも築かれる。
良い時期には、CEOは水を差す存在でなければならない
会社が勝っているとき、CEOの感情面における役割は変化する。好調なとき、チームは興奮し、誇りを持ち、自信に満ちている。それは良いことだが、危険でもある。勝利の喜びは、容易に自己満足へとつながりかねない。
企業はしばしば、自らの成功の犠牲者となる。緊張を緩め、脅威に目を向けるのをやめ、現在の勢いがすでに生じているという理由だけで今後も続くと信じ込んでしまう。そのようなときこそ、CEOは現実的で、批判的な、水を差す存在になる必要がある。
私はかつて歴史オタクであり、ローマ帝国からインスピレーションを得ることがよくある。将軍たちが勝利を収めて帰還したとき、拍手喝采が沸き起こり、バラの花びらが舞った。しかし、将軍の背後には奴隷が配置され、彼らがいつか死ぬ運命にあること、すなわち「メメント・モリ(死を忘れるな)」を思い起こさせ、彼らのエゴが将来の勝利の邪魔をしないようにしていた。
これは企業にとっても良い教訓となる。自分が世界の王になったかのように感じているときでも、人はやはり過ちを犯すものだ。勝利は本物だが、永続するものではない。
戦略とは未来に生きることだ
人々がCEOの役割を考えるとき、通常、最初に思い浮かぶ言葉は「戦略」だ。
現在、すべてが順風満帆に見えるかもしれない。しかしCEOとしては、すでにこの瞬間を通り越し、危機が顕在化する前に脅威を見つけ出すべきである。それには、競合、規制、技術の変化、自己満足、企業文化の浸食、あるいは好業績の裏に隠された基準の緩やかな低下などが含まれる。
当然ながら、一人の人間がすべての詳細に気づき、発生するすべての出来事を把握することは不可能だ。だからこそ、CEOはこの姿勢を組織全体に浸透させ、全員が警戒を怠らないようにしなければならない。
私にとって、リーダーシップは「範を示す(背中を見せて引っ張る)」ことに強く根ざしている。つまり、公然と問題を探し出すということだ。ある部門が10の目標のうち9つを達成したとしても、私は会議の半分を達成できなかった1つの目標に費やすかもしれない。広告が機能していても、そこに誤字があれば、私はチームにその誤字を無視してほしくない。優れた成果(アウトカム)が、凡庸な行動(アウトプット)を正当化する理由になってはならない。
最も厄介なのは、業績が良く、競合を凌駕しているにもかかわらず、凡庸な仕事を始めたり、自ら設定した目標に届かなくなったりしたときだ。そのような瞬間、私のメッセージは「私たちは素晴らしい。競合よりも優れている。しかし、自分たちのポテンシャルには及んでいない」というものになる。
強いチームは、そうした健全な優越感を持つべきであると同時に、自らのポテンシャルを最大限に発揮できていない状態を嫌悪すべきなのだ。
CEOはカウンターウエイトである
困難なとき、CEOは会社を絶望から守る。好調なとき、CEOは会社を自己満足から守る。これがこの役割の感情的な矛盾(パラドックス)だ。CEOは、単にその場にある熱量に合わせるだけではいけない。その場が次に何を必要としているかを理解しなければならない。
会社の現在のムードが、決してすべての真実ではない。逆境は会社が壊れていることの証明ではなく、好調は会社が安全であることの証明ではない。CEOの役割は、今という瞬間を超えた先を見据え、次の瞬間が必要としている方向へとチームを導くことなのだ。



