数年に一度、新たなテクノロジーが登場し、賢く経験豊富な人々に次の2つのどちらかを言わせる。
1. 「これはすべてを永遠に変える」
2. 「これは過大評価だ。顧客はこれからも昔ながらのやり方を望む」
たいていの場合、どちらも半分は正しい。
AIはその最新例だ。誰の話を聞くかによって、それは終末の到来にも、「本物」のプロフェッショナルに取って代わることなど決してない大げさなおもちゃにもなる。
CEOとしてこれを理解しようとするとき、私はAIそのものから考え始めない。小売から考え始める。成熟産業に大きなテクノロジーの波が押し寄せたとき何が起きるのかを理解したいなら、思想的リーダーの投稿スレッドは必要ない。Searsを思い出せばよい。
文字どおり「本」を書いた企業
20世紀の大半において、Searsは単なる小売業者ではなかった。小売業者の中の小売業者だった。
同社が通信販売を発明したわけではない。だが、それを芸術の域にまで高めたのは同社だった。1800年代後半から1900年代初頭にかけて、労働者階級の家庭の多くは本を数冊しか持っておらず、聖書だけということも珍しくなかった。郵便でSearsのカタログが届けば、それは誇りの証しのようにコーヒーテーブルに置かれた。分厚く、憧れをかき立てるものであり、国内のほかの地域に手が届くことの証明でもあった。
やがてSearsの「Big Book」は1000ページを超えるまでになった。工具、衣服、農機具、家電、玩具、そして最終的には家一軒までも注文できた。同社は番号が振られたすべての板材を含むキットを鉄道で送ってくれた。文字どおり、カタログから家を建てることができたのである。
Searsは、消費者直販(D2C)の物流、遠隔での信頼構築(実際に会ったことのない企業に送金すること)、そして「無料」を流通モデルにする方法(カタログそのもの)を確立していた。現代のスタートアップの言葉でいえば、顧客獲得、コンバージョン、顧客生涯価値(LTV)を、それらの言葉に意味が生まれる前からものにしていたのだ。地球上でインターネット時代を制するDNAを持つ企業があるとすれば、それはSearsだった。ところが、eコマースが到来すると、SearsとKmartは廃業した。TargetとWalmartはそうならなかった。「オンラインカタログ」であるAmazonが、Searsがなるべきだった存在になった。
本物のオンライン事業を急いで構築した企業は生き残り、場合によっては繁栄した。ためらった企業、あるいは既存モデルの脇にインターネットを後付けで継ぎ足そうとした企業は、徐々に存在感を失い、ゆっくりとした衰退が急激な崩壊へと変わっていった。
教訓は「すべてが変わった」ということではない。教訓はもっと本質的なものだ。
買い物はなくならなかった。人々は依然として衣服、工具、洗濯機を必要としていた。家を出ることも続いた。店舗にも行き続けた。だが、行動は適応を拒んだプレーヤーを迂回する形で変わっていった。
SearsがAIについて教えてくれること
AIも同じようになるだろう。どの仕事が、どれほどの速さで、どれほど変わるのかについて議論することはできる。だが、AIが顧客の期待、コスト構造、競合他社の能力にまったく影響を与えない未来を、説得力をもって描くのは極めて難しい。
本当の問いは「AIは自分の業界を変えるのか」ではない。本当の問いは「それが起きたとき、この物語の中で自分はSearsなのか、それともAmazonなのか」である。
Searsには、もっともらしいストーリーがそろっていた。
• 「私たちはずっと存在してきた」
• 「顧客は忠実だ」
• 「この事業を誰よりもよく知っている」
• 「私たちはすでに一度、小売を再発明した」
これらのストーリーは、そうでなくなる直前まで真実だった。そして創業者たちがAIについて語るとき、私はその現代版を耳にする。
• 「これは人間関係のビジネスだ。AIにはそれを置き換えられない」
• 「顧客はまだこれを求めていない。だから急ぐ必要はない」
• 「ベストプラクティスが出そろうのを待つ。安定するまで実験しても意味がない」
こうしてSearsになる。変化を技術的には認識していながら、感情的には自分たちだけは例外だと確信しているのだ。
健全な警戒心と心地よいストーリー
これは重要である。健全な警戒心はSearsのような企業を見て、「自分の事業のどこがSearsなのか」と問う。不健全な不安はAIの見出しを見て、「もう終わりだ」と結論づける。
健全な警戒心は、脅威が現実であり、自分たちは特別ではないと前提する。そして、製品、プロセス、スキルを適応させる具体的な方法を探すよう迫る。
心地よいストーリーはその逆をする。短期的に気分がよくなるような言葉で脅威を片づけてしまう。Searsは自分たちにこう言い聞かせることもできただろう。「私たちは通信販売を発明した。インターネットは画面付きの通信販売にすぎない」。そう捉え直していれば、目を覚ますきっかけになったかもしれない。だが実際には、同社はインターネットを新たな標準ではなく、任意のチャネルであるかのように扱った。
Searsにならないために
実にシンプルである。
1. AIを一過性の流行ではなく、1990年代のeコマースのように扱う
10年単位のマスタープランは必要ない。必要なのは、これが小手先の仕掛けではなく、インフラの変化であるという明確な認識だ。実験を片隅のサイドプロジェクトではなく、ロードマップの中に組み込むべきである。
2. 自分の領域で情報の奔流を浴びる
AIにおける本当の動きの多くは、従来型の組織の外で起きている。大学のカリキュラム、業界カンファレンス、ベンダーのロードマップは最前線に遅れる。自分のニッチでどのツール、モデル、ワークフローがいま生まれているのかを知ることを、自分の仕事にすべきだ。それらが標準になってからでは遅い。
3. 自分自身とチームをAIで包み込む
企業レベルでは、いずれどのAI機能を自社で構築し、購入し、あるいは無視するのかを決めることになる。個人レベルでは、すでに次の問いを投げかけているべきだ。
• AIは、より少ないサイクルと過剰設計の削減によって、私たちがより速く出荷するのをどう助けられるか。
• サポート、与信審査、分析、コンテンツのどこを強化できるか。
• AIは個人貢献者のためだけのものだと決めつけるのではなく、リーダーとしての自分のレバレッジを高めるためにどう使えるか。
4. 自社の文化に「Sears的発言」がないか注視する
「当社の顧客は絶対に……しない」や「……までは心配する必要はない」といった言い回しは危険信号だ。紙のカタログで商品に丸を付けることを、人々は常に「今すぐ購入」をクリックするより好むはずだと考えるのと、現代において同じ意味を持つ。
5. 行動は変わるが、根本は変わらないことを忘れない
AIは、eコマースがそうだったように、適応を拒む企業に打撃を与える。一方で、新たな需要、新たな役割、新たな勝者も生み出す。あなたの仕事は、より良く、より速く、より安く手に入れたいという顧客の根本的な欲求に沿い、そこへ至る方法については柔軟でいることだ。



