創造性はコンプライアンスを破らない。その枠組みの中で機能する
コンプライアンス担当者や工場の管理者、あるいは病院の管理職で埋め尽くされた部屋に入っていき、「創造性(クリエイティビティ)」という言葉を口にすると、その場の空気が凍りつくのをほぼ確実に予想できる。
彼らが創造性を重要ではないと考えているわけではない。問題は、彼らがこれまで参加してきた創造性に関する講演やワークショップのすべてが、暗黙のうちに、あるいは明確に、創造性を発揮するためにはルールを破るよう求めてきたことだ。「枠にとらわれずに考える」「常にすべてを疑う」「ゆっくりではなく迅速に動く」「許可を得るより、後で謝罪する方がいい」といったアドバイスは、彼らにとって現実的なストレスでしかない。
というのも、そうしたアドバイスはスタートアップ企業には適しているかもしれないが、塩素ガス工場や病院の現場、あるいは航空会社にとっては役に立たないばかりか、危険ですらあるからだ。そうした環境において、ルールは回避すべきお役所仕事ではない。人々が命を落とさないために存在しているのだ。
その結果、多くの業界が創造的思考にアレルギー反応を示すようになっている。自分たちには創造性を発揮する余裕などない、それは他の誰かや、自分たちよりも規制の緩い別の業界のものだと思い込んでいるからだ。しかし、制約を取り除くよう求めるのをやめ、制約がある「からこそ」創造的になる方法を教え始めたらどうなるだろうか。そこにこそ、魔法が生まれるのだ。
では、どうすればそれを実現できるのか。制約の中で創造性を開花させるために、筆者が実践してきた3つの方法を紹介する。
制約を「壁」ではなく「基本仕様」として捉える
筆者が知る大半のエンジニアは、橋が荷重に耐えなければならないことに文句を言わない。その要件こそが、彼らが設計において解決すべき課題の本質だからだ。これと同じ論理が、規制やコンプライアンスにも当てはまる。ルールは解決策を阻んでいるのではなく、優れた解決策が満たすべき最低限の要件を定義しているのだ。
制約を基本仕様として捉え直すチームは、制約を恨むことにエネルギーを浪費するのをやめ、それを向上させる方法を構築し始める。それは別種の橋桁だろうか。あるいは、路面を支える新たな方法だろうか。
現代における偉大なエンジニアリングの偉業のいくつかは、制約を受け入れ、その枠組みの中で考えることで、必要とされる解決策を生み出してきた。
制約があるからといって、進むべき道が最初から決まっているわけではない。ただ、より優れた、より創造的な解決策に至る道の途中で、コンプライアンスの項目を満たしていく必要があるというだけのことだ。
「許可の言葉」を使う
すべての規制や制約は、かつて何らかの失敗があったからこそ存在している。過去のある時点で問題が発生し、まさにその再発を防ぐためにルールが設けられたのだ。
つまりルールとは、単に回避するだけでなく、適切に解決すべき現実のリスクを指し示している。では、その中でどうすれば創造性を発揮できるのだろうか。
私たちは「許可の言葉(language of permission)」を使って、問いの角度を変えることができる。許可の言葉とは、筆者が考案した手法であり、チームの議論やブリーフ、プロジェクトの概要などにおいて、制約を「恐るべき摩擦の原因」としてではなく、「歓迎すべきアイデアの源泉」として際立たせるものだ。
「このルールは、私たちに何を正しく行うよう求めているか」と問いかけるのと、「このルールは、私たちの何を妨げているか」と問いかけるのとでは、得られる創造的な結果が大きく異なる。前者の問いは「許可の言葉」を用いて新しく創造的なアイデアを促すが、後者の問いからは創造性は一切生まれない。次に制約に直面したとき、あなたはどちらの問いを選ぶだろうか。
与えられた「砂場」を愛する方法
規制のない環境では、創造的なプロセスの半分は、無限の可能性を絞り込むことに費やされる。しかし規制のある環境では、特別なことが起こる。
もともと存在するルールによって、その絞り込みはすでに完了しているのだ。何もない状態から始めるのではなく、すでに用意された選択肢のショートリストからスタートすることができる。
筆者が支援している企業の中には、土台となるスタート地点や遊び場(あるいは砂場)がない状態で、実施したいアイデアを絞り込むために多大な時間、労力、そして資金を費やしているところもある。
しかし、厳しく規制され、制約に満ちた環境では、潜在的なアイデアの「砂場」はすでに大まかに区切られている。だからこそ、その砂場を愛し、制約を「狭い箱」ではなく、無料のフィルタリング機能や「やってはいけないことのリスト」という贈り物、あるいはスタートダッシュを切るための強みといった、素晴らしい恩恵として捉えられるようチームを導くべきだ。
制約や規制を創造的プロセスのボーナス(付加価値)として扱えば、排除すべき不適切な回答は少なくなる。それはつまり、正しい答えを見つけ出すためにより多くのエネルギーを残せることを意味する。
これまでのキャリアを通じて筆者が気づいたのは、自分たちには創造性を発揮する余裕などないと思い込んでいる業界こそ、それを正しく実践したときに得られる見返りが最も大きいということだ。創造性は恐ろしいものでも、ストレスのかかるものでもないはずだ。創造性を日常的なシステムとして導入しない限り不可能な、最大の成果を生み出すための不可欠な日々の実践であるべきなのだ。



