先日、私のモザイクデザイン事務所のクライアントが、参考にしたいという写真を何点か送ってきた。美しい作品──に見えた。豊かな色彩、繊細な模様、まさに一流の職人技を思わせる出来栄えだった。だが、よく見てみると、すべての一片が機械で製造された均一な四角形で、それが格子状に並べられ、高級な手仕事として売り出されていた。さらにその会社のSNSを確認すると、AIが生成したレンダリング画像が、あたかも実際の施工事例のように投稿されていた。
いま、私はこうした例を頻繁に目にする。それは私の業界に限った話ではない。十分な実績ポートフォリオを築いていない新興企業が、その穴を埋めるためにAI画像を使っており、クライアントは何が本物なのかを常に見分けられるわけではない。
私のクライアントも、確かに見分けられなかった。彼女を責めるつもりはない。画面上では表面の質感は感じられず、時間帯によって光がどう当たるかも見えず、手仕事に個性を与える小さな不規則性にも気づけない。実際の製品を目の前にする頃には、購入の意思決定は何週間も前に済んでいる。
私はモザイクの仕事をしているが、この問題は私の市場の一角をはるかに超えて広がっている。本物の職人技や、何年もその仕事を続けてきたからこそ得られる判断力に事業が依存している人なら、誰もが何らかの形でこの問題に直面している。
変わりつつある市場環境
AIについて書かれることの多くは、置き換えに関するものだ。どの仕事がなくなるのか、どの業界が一変するのか、という話である。だが、職人技を基盤とするビジネスで実際に起きていることを見ると、話はもっと複雑だ。確かに、人間よりも速く安く特定の製品を組み立てられるロボットシステムは存在する。AIツールが数秒でデザイン案を生成できるのも事実だ。それらが存在しないふりをするつもりはない。
こうしたツールは、均一で反復可能、かつスケールアップ可能な成果物の生産には長けている。ただ、私が実感してきたのは、定義されたパラメーターを超える作業──たとえばクライアントの空間の比率を感じ取ること、素材の問題で作業途中でデザインを調整すること、依頼の裏にあるクライアントの本当のニーズを理解することなどには、AIは苦戦するということだ。
もしあなたのビジネスがそうした判断力に支えられているなら、AIはむしろあなたの立ち位置を強化してくれる、と私は考える。市場にそこそこの水準の機械生産品が増えるほど、手作りのものはより一層際立つからだ。
本当の商品は「プロセス」である
私はこの仕事を25年以上続けてきたが、高級志向のクライアントについて学んだことが1つある。彼らが本当に買っているのは、完成品そのものではないということだ。彼らが求めているのは、実際の経験を持つ誰かが、自分たち固有の状況について慎重に考え、経験の浅い人なら同じようには下さなかったであろう判断をしてくれた、という確信である。それは、特注家具を作る場合でも、住宅を設計する場合でも、衣服を仕立てる場合でも、モザイクを施工する場合でも同じだ。
実際にはどういう場面か。たとえば、キャビネット職人が午後の光の当たり方を考えて木目を選ぶ。建築家が現場を歩き、図面上では感じなかった比率のずれが目線の高さでは違って見えることに気づく。私の知る限り、これらの瞬間を再現できるシステムは存在しない。こうした判断は、その場に物理的に立ち、長年の経験を背負っていなければ下せない。
テクノロジーが役立つ場所、役立たない場所
はっきり言っておきたいが、私はテクノロジーに反対しているわけではない。私たちは毎日それを使っている。可視化ソフトウェア、プロジェクト管理ツール、複数の現場にまたがるチームの足並みをそろえるコミュニケーションプラットフォーム。後戻りするつもりはまったくない。デザインのレンダリングにAIを試したこともある。プロジェクトの初期段階で大まかな視覚イメージを得るのに、時折役立つことはある。だが多くの場合、AIが間違えた部分を修正するのに、最初から手でスケッチするよりも多くの時間を費やすことになる。
私が繰り返し立ち返る区別はシンプルだ。事業運営を助けるテクノロジーと、創造上の判断を代わりに下し始めるテクノロジーである。前者は多くの場合、導入する価値がある。後者については慎重でなければならない。そして、その境界線は企業ごとに異なる。
その線引きをしなかった企業がどうなるかを、私は見てきた。自動化は段階的に、一見合理的な一歩ずつ入り込んでくる。だが、しばらくすると、その仕事はたいてい「特定の誰かが作ったもの」と感じさせる要素を失い始める。見た目は問題なくても、感触が同じではなくなる。そして私が身を置く市場では、クライアントはそうした違いに気づく傾向がある。
広がる差
私がよく考えることがある。機械で作られた仕事が市場に入ってくるほど、それらはどれも似通って見え始める。手仕事は10年前よりもいまのほうが際立っていると私は考えている。その理由の一部は、周囲にこれほど多くの均一性が存在するからだ。
この分野にいるなら朗報だ。ただし、自分の仕事を差別化しているものを削り取ってしまわない限りにおいて、である。競合が新しいツールを導入し、突然速く安く生産できるようになったように見えると、自分は取り残されているのではないかと感じるかもしれない。ツールを導入することが理にかなう場合もある。だが、それがあなたの判断が宿る部分、人間的な決断がなされる部分に触れるものであれば、あなたを他と差別化しているものを手放していることになる。私の経験上、手仕事を求めるクライアントは「速さ」を求めていない。求めているのは「特別さ」だ。
創業者が問うべきこと
AIはあらゆる業界に影響を及ぼす。それはすでに決まっている。私が考え続けている問いは、あなたが売っているものが、二度と同じ状況にならない場面における人間の判断に依存しているかどうかである。もしそうなら、論点はテクノロジーと戦うことではない。どこで役に立ち、どこで役に立たないのかを知ることだ。
企業はすでに、機械で作られたものを手仕事として提示している。AI生成画像が、実際のポートフォリオの代わりに使われている。クライアントは、自力でその違いを見分けられないかもしれない。自分たちの仕事に何が込められているのかを、誠実かつ具体的に説明する時間を取る創業者こそが、この変化の中で足場を保ち続けると私は考えている。
手仕事はノスタルジアではない。画面上では見栄えのよい作品で市場がますます混み合うなか、実物として本当に耐えうるものの価値は、かつてないほど高まっている。



