かつて、スタートアップが高品質な動画を制作するには、莫大なコストが必要だった。しかし生成AIの登場により、誰もが洗練された映像を手軽に制作できるようになった。いまや、注目を集めたい起業家にとって、動画の発信は欠かせないものとなりつつある。この状況は、1990年代に音楽アーティストがMTVでミュージックビデオを公開することが成功の必須条件とされていたのに酷似している。当時は、MTVに登場しなければ存在しないも同然だった。
文化の象徴だったMTVの全盛期から年月が経った今、動画制作を取り巻く状況には皮肉な側面がある。OpenAIの「Sora」やGoogle DeepMindの「Veo」といった生成AIは、従来に比べてわずかなコストと時間で映画品質の動画生成を可能にした。それにもかかわらず、スタートアップは依然として従来型の人手による映像制作に多額の予算を投じ続けていると、ニューヨーク・タイムズは報じている。
誰もが高品質な動画を作れる時代に、何が起きるのか
なぜコンテンツが依然として重要なのか。その答えはシンプルでありながら意外なものだ。「AIによってコンテンツ制作は安価になった一方で、信頼を築くことのハードルは高まっている」と、AIスタートアップのローンチキャンペーンを支援するストーリーテリングスタジオ「Brndmkrs」の創業者、クリストファー・ルイは語る。
ネットフリックス映画『XOXO』で脚本・製作・監督を務めた彼は、その後、人々の心を動かすスタートアップ向け動画の制作へと転身した。
ルイのアプローチを象徴するのが、家庭用検査サービス企業Cue Healthの事例だ。彼が手掛けた短編動画は、同社によるシードラウンドの資金調達を成功へと導いた。その後も製品紹介動画やパートナーシップ事例、投資家向け資料などを制作。それらは最終的に一本のロードショー動画に統合され、2021年にCueが時価総額約23億ドル(約3730億円)でナスダックに上場する後押しとなった。(Cueはパンデミック収束に伴う検査需要の低迷を受け、2024年に経営破綻した。これは、優れたストーリーはチャンスの扉を開くことはできても、企業の持続性を担保するわけではないことを示す事例でもある。)
「Cue Healthの成長過程を通じて、動画には他のどのような機能でも果たせない役割があることを学んだ」とルイは言う。「動画は、企業への信頼を醸成する。その結果、資金調達や人材の採用がしやすくなり、事業拡大が加速し、ひいては世界を変えることにもつながるのだ」。



