川邊:変わらないことに救われたわけですね。
関根:はい。そういった背景もあるので正直なところ、今の小杉湯原宿は何かを発信しすぎていると感じています。もっと「ただ、湯に浸かりたい」とだけ思える場所にしていくのが、10年目に向けての目標です。全部が合理的で、全部に意味がなければいけないとしたら、社会はつまらなくなってしまいます。「なんでこの時代に原宿に銭湯があるんだろう」という、その合理性からかけ離れたところに救われる人が絶対にいると思っています。
川邊:余計なものを足さないという意味では、ハロー!プロジェクトも近いものがありますよ。ライブに大がかりなセットや装飾を置かないんです。先日、館山でつばきファクトリーのコンサートがあって、地元の方を招いたのですが、終演後に感想を聞いたら「あのステージは機材が届かなかったからああなったんですよね」と真剣に言われました。最初からああいうものなんですけどね。
関根:私ももともと℃-uteのファンで、ずっとハロー!プロジェクトを追いかけていました。彼女たちは舞台裏の涙や葛藤を見せず、ステージ上のパフォーマンスだけで勝負していた。飾らない、でもそこに本物がある。私が銭湯でやりたいことも、まさにそれなんです。
川邊:サントリーの「山崎」というウイスキーに「何も足さない。何も引かない」という有名なキャッチコピーがありましたけど、銭湯もハロー!プロジェクトも、根っこの価値観は同じようですね。
流行を追わない、バズをつくらない
川邊:今はAIの話題で持ちきりですが、そんな時代に銭湯にはどんな価値があると思いますか。
関根:小杉湯原宿の開業前、「家にお風呂がある時代になぜ“新たに”銭湯が必要なのか」と聞かれました。銭湯に馴染みのないビジネスマンが合理的に考えれば、確かにいらないと思うかもしれません。家風呂の普及率は99%を超えています。でも、合理的に考えるのではなく、あった方が幸せだと思えるものこそが社会の豊かさだと私は思っています。AIでこうすべきだとか、変わりゆく時代の流れに左右されず、変わらない場所をつくること自体が世の中に求められている。
社内ではいつも「流行は追わない、バズらなくていい」と言っています。バズはいつか過ぎ去るものですから、それよりも日本人のなかに変わらずにある国民性を場に返せばいい。10歳のときに来ても50歳のときに来ても心地よいと思える普遍的なものをつくるのが、銭湯の役割だと思います。
川邊:まさに、日々の変化が激しくなっているからこそですよね。
関根:変わらない場所というのは、結局そこに建っていることがすべてだと私たちはいつも話しています。色々な人が行き交った思い出を建物が覚えている。そして何十年と積み上がった誰かの思い出が、別の誰かにとっての懐かしさにつながる。銭湯という業態がどこかにあればいい、サウナ施設で代わりがきくという話ではないんです。
今の時代にはなかなか言われないことですが、続けてきたこと自体が誰かにとっての癒しになっているのだと思います。


