Forbes JAPAN 2026年9月号の第2特集は、「新時代のCFO」。「金庫番」から、企業価値を未来へ導く「先導役」へ。今、CFO の役割は劇的な進化を遂げている。無形資産への投資とリターンの可視化、革新的な資金調達、規律あるM&Aなど、日本経済の変革を牽引する「新時代のCFO 」の挑戦に迫る。
年初来、株価が急伸している味の素。その成長を支えるのは「絶対額」からの脱却と、財務トップの水谷英一が愚直に貫く徹底的な「対話」だった。
味の素の株価が急伸している。生成AIの普及によるデータセンターへの投資拡大を背景に、社長の中村茂雄が開発した半導体のパッケージ基板に欠かせない絶縁材料「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」の需要が高まっているのが主な要因だ。年初に約3兆2000億円だった時価総額は、6月下旬から7月にかけて6兆円の大台に到達した。
執行役常務(財務担当)の水谷英一はこの間も、各事業セグメントの財務指標を洗い出し、株価にどう織り込まれたのか、競合他社と比較した場合の収益性はどうかなどを検討し、中村に報告してフィードバックを受けてきた。「サム・オブ・ザ・パーツ」と呼ばれるこの評価は、年に3回以上行われ、中村の意思決定をサポートする。水谷にとっては最重要の対話のひとつだ。
サム・オブ・ザ・パーツで報告され、味の素が主なKPIとしているのは、ROE(自己資本利益率)ROIC(投下資本利益率)、オーガニック成長率、EBITDAマージン(売上高に対して、実質的に稼いだキャッシュの割合)の4つ。だが、これらの指標が重視されるようになったのは比較的最近で、6年ほど前の経営主導の会計改革が始まりだ。同社の現在の好調は、この会計改革が土台になっていると言っても過言ではない。
その時、味の素に何が起きたのか。きっかけは2019年にさかのぼる。同社はそれまで、売上高から売上原価を差し引いた売上総利益(粗利)を重視してきた。ところが、粗利という絶対額を求めるあまり積極的なM&Aや海外進出に打って出たところ、競争の激化やPMI要員の不足などによる収益性の低下に直面。19年3月期に、数百億円にのぼる減損を計上した。財務部長を務めていた水谷は「投資家含めたステークホルダーの皆様から、大変なご叱声を受けました」と振り返る。
その後、当時社長だった西井孝明から、ある指標の算出を指示された。「事業セグメント別のROICを出してくれ」。ROICは、株主から預かる資本と金融機関から調達する負債によってどれだけリターンを生んだかを表す。ROEやROA(総資産利益率)に比べなじみは薄いが、企業の資本政策にかかわらず、純粋にその事業の収益性を導き出す指標だ。水谷は限られた時間内で各事業セグメントのROICを算出。20年2月に公表した中期経営計画では、ROICが重要な指標として採用された。ところが、当時ROICは一般に浸透しておらず、重要指標としてのROICの公表は、意図せず社内で波紋を広げることになった。水谷はエレベーターで居合わせた同僚や上役から「ROAと何が違うんだ?」
「また新しい概念ばかり導入して……」とたしなめられることもあった。水谷が対話の重要性を痛感した瞬間だった。



