過去数年間、AI(人工知能)業界は比較的シンプルな問いに集中してきた。需要に追いつくだけの十分な計算資源(コンピュート)を、迅速に構築できるかという問いだ。
大規模言語モデル(LLM)の台頭は、前例のないインフラ競争を引き起こし、私たちは今もまさにその渦中にいる。エヌビディアはAIエコシステムの中心に位置し、ハイパースケーラーはこれまでにないペースでデータセンターを拡張している。さらに、従来のチャネルを通じて処理能力を確保できない組織に対応するため、AIネイティブのクラウドプロバイダーも登場した。建設現場では今もクレーンが動き、電力購入契約の締結が続いている。
業界の関心は自然とこうした動きに向かい、議論の中心はアクセラレーター、ネットワークファブリック、消費電力、冷却システム、データセンターの建設に集まった。投資家はGPUの出荷台数を追跡し、企業は利用可能な処理能力をめぐって競争し、クラウドプロバイダーはますます希少になるインフラへのアクセスを確保しようとしのぎを削っている。AIの需要は業界の供給能力を上回るペースで成長し続けているため、こうした注目は無理もない。その需要は今後も加速し続けると予想されている。ティリアス・リサーチ(Tirias Research)のホワイトペーパー『Forecasting the Rise of Agentic AI & Interaction Models(自律型AIエージェントとインタラクションモデルの台頭予測)』は、画像や動画の生成の劇的な増加とともに、年間のLLM推論量が2024年の990兆トークンから2030年までに1クインティリオン(100京8410兆)トークン以上に成長すると予測している。
しかし、AIの導入が成熟するにつれ、業界は異なる種類のボトルネックに直面し始めている。AIの活用がチャットからエージェント(自律動作型)ワークロードへと進化し続けるなか、課題はAIインフラの確保から、そのインフラをいかに効果的に機能させるかへと移行しつつある。
この課題の核心は、モデルの実行が主に計算の問題であるのに対し、エージェントの実行はシステムの問題であるという点だ。エージェントはインフラの使われ方と消費量の両方を変化させる。ティリアス・リサーチの予測によると、この進化は、AIが主に個々のプロンプトに対応する対話型アシスタントとして使用される「ウェーブ1」から、自律型エージェントが推論し、ツールを呼び出し、文脈を維持し、最小限の人間の介入で複雑なマルチステップのタスクを実行する「ウェーブ2」への移行として説明されている。これらのエージェントは、1回回答して終了するのではなく、継続的に動作することが多い。その結果、同予測では、ウェーブ2の平均的なユーザーは従来のウェーブ1のチャットユーザーの40倍のトークンを消費し、非同期エージェントを動かす技術的なユーザーはさらに桁違いの量を消費すると見積もっている。ワークロードが長期化し、自律性を高め、相互接続が進むにつれ、課題は単に計算資源を提供することから、その周囲にある複雑なシステムをオーケストレーション(統合制御)することへとシフトしていく。
最近、エヌビディアのジェンセン・ファンCEOは、業界がエージェント型AI(自律型AI)によって牽引される新たな「変曲点」に達していると述べた。変曲点とは単なる成長ではない。軌道が変化し、今回の場合であれば加速するポイントのことだ。基盤となる技術は依然として重要だが、重心がシフトするのだ。
エージェントは計画を立て、ツールにアクセスし、外部システムと相互作用し、記憶を維持し、複数のサービスにまたがるアクションを調整しなければならない。インフラは不可欠であり続けるが、それだけではもはや十分ではない。成功は、モデル、ツール、データ、アクションを信頼性の高いワークフローへとつなぐシステムにかかるようになっている。
ティリアス・リサーチのシニアアナリストであるケビン・ハインは、これを次のように要約している。「問題は、AIインフラが重要であり続けるかどうかではなく、その次に何が重要になるかだ」
インフラは「出発点」になりつつある
現代のAIの第1フェーズは、この技術に何ができるかを証明することだった。第2フェーズは、それを大規模に実行するための処理能力を構築することだった。つまり、トレーニング(学習)クラスター、推論能力、ストレージシステム、そして高性能ネットワークだ。AIネイティブのクラウドプロバイダーの登場は、その需要に対する直接的な答えだった。
このように捉えると、AIクラウドはAIワークロードに最適化されたインフラを超えて進化しつつある。それは計算資源、モデル、データ、ツール、オーケストレーション、運用サービスを組み合わせ、AIシステムを構築・実行するための環境を提供するプラットフォームになりつつあるのだ。
しかし、インフラは目的地というよりも、旅の始まりのように見え始めている。今日の商用環境でのAIデプロイ(展開)には、通常、モデルとGPUだけでは済まないはるかに多くの要素が含まれている。企業は、検索システム、ベクトルデータベース、可観測性(オブザーバビリティ)プラットフォーム、評価フレームワーク、エージェントアーキテクチャ、セキュリティ管理、オーケストレーション層、そしてサードパーティの統合を組み合わせている。その結果として生じるハードウェアとソフトウェアのスタックは、複数のベンダーや複数のクラウドにまたがることがある。
この課題は、フィジカルAI(物理的AI)などの領域でさらに顕著になる。自律型システムを構築するには、シミュレーション、合成データ生成、モデルのトレーニング、検証、デプロイ、テレメトリーデータの収集、そして継続的な再トレーニングも必要となる。モデルを取り囲むシステムは、モデルそのものを容易に凌駕してしまう。
インフラを確保することは依然として必要だ。しかし、その周囲にあるすべての要素をいかに組み立てるかという問題のほうが、より難しくなりつつある。
見覚えのある進化の軌跡
テクノロジー業界がこのような過渡期に直面するのは、これが初めてではない。コンピューティングの歴史は、抽象化の歴史として捉えることができる。オペレーティングシステム(OS)は、ハードウェアを理解する必要性を減らした。仮想化は、物理サーバーを管理する負担を取り除いた。クラウドコンピューティングは、データセンターを建設する必要性を排除した。サーバーレスコンピューティングは、インフラのデプロイという作業そのものを完全に不要にした。それぞれのステップは、ユーザーを基礎となる技術から遠ざけ、彼らが求める成果へと近づけてきた。
AIも非常によく似た道をたどっているようだ。大半の組織は、依然としてボトムアップでAIに取り組んでいる。モデルの選択、インフラのプロビジョニング、フレームワークの構成、APIの接続、そしてワークフローの組み立てを一つひとつ進めている。役に立つものが構築されるまでに、多大な労力がかかる。しかし、顧客が求めるものはますます別の何かになりつつあるようだ。彼らは解決したい課題からスタートし、残りの部分はプラットフォームに処理してほしいと考えている。
ワークフロー中心の「AIクラウド」の登場
ここで、現世代のAIクラウドプロバイダーが興味深い存在になってくる。その多くは、今でも自らをインフラ企業と表現している。例えばネビウス(Nebius)は、自社を明示的にAIクラウドプロバイダーと位置づけている。しかし、同社の事例、製品発表、カンファレンスのテーマを見渡すと、より微妙なニュアンスが見えてくる。
繰り返し登場するテーマは、インフラの処理能力ではなく、モデルを取り囲むシステムの改善だ。導入事例では、単なるモデルの性能ではなく、オーケストレーション、検索、可観測性、評価、デプロイに焦点が当てられている。追加のインフラコンポーネントを露出させることよりも、信頼性の高いAIシステムを構築する際の複雑さを軽減することに、一貫して重点が置かれている。
ネビウスの製品開発は、依然として自社のテクノロジースタックにしっかりと根ざしているが、同社はこうした機能を顧客のワークフローに合わせてパッケージ化することを増やしている。これは、オープンモデル、サードパーティツール、エコシステムパートナーシップ、そしてより上位のプラットフォームサービスのサポートに現れている。このパターンは、同社が単にインフラを提供するだけでなく、現実世界のAI開発やデプロイの課題にそのインフラを適用しやすくすることに注力していることを示唆している。
歴史的に、テクノロジーベンダーは製品を構築し、顧客がそれに合わせてワークフローを適応させることを期待してきた。新興のAIクラウドモデルはその関係を逆転させ、顧客のワークフローからスタートし、それをサポートするようにプラットフォームを進化させている。本質的に、顧客のワークフローが製品の要件になりつつあるのだ。
ワークフローが「製品」になるとき
ワークフロー指向のプラットフォームの登場は、このトレンドを興味深く物語っている。歴史的に、クラウドプラットフォームはインフラコンポーネントをそのまま提供していた。顧客は仮想マシン、データベース、ストレージシステム、ネットワークサービス、キュー、可観測性ツールを選択し、それらのピースをアプリケーションへと組み立てていた。プラットフォームは積み木を提供し、アーキテクチャを提供するのが顧客だった。
AIプラットフォームは、ますます1段高いレベルへと移行しつつある。個々のサービスを公開するのではなく、ワークフローをそのまま提供し始めているのだ。
この変化の有益な例として、ネビウスが最近導入した「Agents Blueprint」が挙げられる。Infrastructure-as-Code(IaC:コードによるインフラ構成管理)ツールであるTerraformなどは、インフラを一貫して定義・デプロイすることを可能にし、運用の複雑さを軽減して再現性を向上させた。Nebius Agents Blueprintは、モデル、検索システム、オーケストレーションフレームワーク、可観測性ツール、サポートサービスを含むAIワークフロー全体を再利用可能なパターンにパッケージ化することで、その概念をインフラ以上に拡張する。目的はもはや、単にリソースをデプロイすることではない。確立されたシステムテンプレートを再利用することで、実際に動作するAIシステムの構築を加速することだ。
カスタマーサポートエージェント、リサーチアシスタント、検索アプリケーション、あるいは自律型システムは、独自の統合プロジェクトというよりも、再利用可能な実装パターンと見なされることが増えている。ブループリントは、以前のデプロイで実績のあるアーキテクチャ、ツール、運用プラクティスを取り込んでおり、組織は個々のサービスからシステムを組み立てるのではなく、実際に動作するシステムからスタートできる。デプロイを重ねるごとに出発点がアップデートされ、過去の過ちを繰り返すリスクを減らしながら開発を加速させることができる。
クラウド時代には、インフラがサービスになった。新たに到来しつつあるAI時代においては、ワークフローそのものが製品になりつつある。この視点は、一部のAIクラウドプロバイダーがインフラを超えて、より高レベルのプラットフォーム機能へと拡張している理由を説明するのにも役立つ。これらのプラットフォームは、インフラリソースのプロビジョニングだけに集中するのではなく、基盤となるインフラの複雑さの大部分を抽象化しながら、顧客がAIアプリケーションを構築、デプロイ、運用するのを支援するようになっている。
「このシフトは、より広範な業界のトレンドを反映している。顧客のワークフローが消費の主要単位になれば、顧客がどのようにAIシステムを構築しているかを理解することが戦略的に重要になる」とハインは指摘する。「製品のロードマップは、単に新しいインフラ機能を追加することからではなく、成功した実装パターンを観察することから策定されることが増えている」
プラットフォームは、顧客が意図から実行へとより効率的に移行できるよう支援することで進化する。これは、現在AI業界内で起きている最も重要な変化の一つだ。
「セルフサービス・インフラ」から「セルフサービス・アウトカム」へ
クラウドコンピューティングがソフトウェア開発を一変させたのは、摩擦を劇的に減らしたからだった。開発者はクレジットカードを入力し、リソースをプロビジョニングして、すぐに構築を開始できた。インフラがオンデマンドで利用可能になったことで、調達サイクルやハードウェアの購入、従来のITに伴う運用オーバーヘッドの多くが排除された。
AIクラウドプロバイダーは、この概念を拡張している。第1世代はセルフサービス・インフラを提供した。次世代はセルフサービス・アウトカム(自律的に得られる成果)を提供しつつある。モデル、推論エンドポイント、可観測性システム、セキュリティ管理、オーケストレーションフレームワークを顧客に手動で構成させるのではなく、プラットフォーム側がそれらのコンポーネントを組み立てる役割を担うようになってきている。
クラウドプラットフォームにエージェントを直接組み込もうとする最近の取り組みは、この未来を垣間見せている。ユーザーが何百ものAPI、クラウドサービス、デプロイの決定事項を手動で操作する代わりに、インテリジェントなレイヤーが顧客の目的を理解し、それに従って環境を構成できるようになる。
ネビウスは最近、クラウドプラットフォームに直接組み込まれたAIアシスタント「Nebius Echo」を発表した。これにより、顧客は自然言語を使ってインフラと対話できるようになる。Echoは単なるチャットボットにとどまらず、クラウドの運用を手動構成から意図駆動型の実行へと移行させ始めている。プラットフォームはサービスを説明し、リソースを検査し、適切なユーザーの承認を得てインフラ操作を実行できる。
顧客が望む結果を説明すると、プラットフォームが実行を管理する。インフラは不可欠であり続けるが、最終的な成果物というよりも、顧客の専門知識が付加価値を生み出すための土台となる。
真の変曲点
一般的な認識は、AIインフラプロバイダーが最大のクラスターを構築するために競争しているというものだ。ある程度は、その通りだ。計算資源への需要は増え続けており、今後何年にもわたってGPUが業界の基盤であり続けることに疑問の余地はない。
しかし、インフラだけに集中していると、進行中のはるかに大きな過渡期を見落とすリスクがある。前述のティリアス・リサーチのホワイトペーパーにおけるベースラインシナリオでさえ、現実的なインフラの配備は2028年頃に予測需要を下回り始め、地政学的リスクやサプライチェーンの大きな混乱がないと仮定しても、2030年までに年間約72京(72 quadrillion)トークンの推論需要が満たされないまま残ることになる。
その不足分は、単にデータセンターを増設すべきだという議論にはならない。土地、電力、冷却に関する現在の制約を考慮すると、そのような方法を望んだとしても現実的ではないかもしれない。代わりに、これが浮き彫りにしているのは、AIがシステムの問題へと進化しつつあるということだ。ワークロードが長期化し、自律性を高め、相互接続が進むにつれ、価値は生の計算能力から、モデル、メモリ、ツール、データ、ワークフローを効率的に調整できるプラットフォームへと移行していく。
AIクラウドの第1フェーズは、計算資源へのアクセスだった。新たに台頭しているフェーズは、抽象化であり、その計算資源を効果的に使用するために必要な専門知識を減らすことに焦点を当てている。エージェント型AIは、この移行を緊急のものにしている。エージェントは単に計算資源を消費するだけではない。オーケストレーション、判断、そしてワークフローを消費するのだ。質問に答えるだけの単一のモデルは、比較的簡単にデプロイできる。しかし、自律的に計画を立て、記憶を管理し、外部ツールを呼び出し、複数ステップのワークフローを実行するエージェントは、スタック内のあらゆるギャップを露呈させる。インフラ単体では、そもそもそれらのギャップを埋めるようには設計されていない。
それこそが、真の変曲点だ。AIクラウドからの離脱ではなく、その成熟なのだ。ティリアス・リサーチのハインが最も適切に表現しているように、「最も成功するAIクラウドプラットフォームとは、最も多くのテクノロジーを公開するものではない。顧客がテクノロジーについて考える必要を最も減らせるプラットフォームだ」
クラウド時代は、組織にインフラの消費方法を教えた。AIクラウドの次のフェーズは、インフラプロバイダーに顧客の意図をどのように消費するかを教えつつある。それが実現したとき、AIクラウドを決定づける特徴は、稼働するハードウェアではなくなる。代わりに、顧客の目標をいかに効果的に、実際に動作するAIシステムへと変換できるか、そして顧客がその中間プロセスについてどれだけ考える必要がないかによって測定されるようになるだろう。



