キャリア・教育

2026.07.25 14:15

森田真生と永井玲衣が語る「10代と世界についていかに対話するか?」

森田真生(左)と永井玲衣(右)。写真=高見尊裕

永井:私は、「問い」はある種、災いのように見舞われてしまうものだと思っています。ですので、それを思い出していくために、たっぷり時間をとるんです。子どもは純粋で素晴らしいっていう人がいますが、彼らは大人の言葉を食べているので、最初に大人の言葉を吐き出すんですよね。「ルールは守った方がいい」とか、そういうことを言い出す。するとその場にいる大人、親とかが「私が言っている言葉じゃないか」ということに遭遇して、衝撃を受けたりする。まずはそこをきちんときき取っていくと、「そういえば」みたいな感じで、「なんでゲームしていると手汗かいちゃうのかな」とか「親が自分のこと大好きだっていうけど本当かな」とかそういう、子どもが本人のやり方で世界を見ているものが、互いに触発されながら、創造的につくられていく時間がやってくるんですね。その瞬間がすごく好きですね。

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対話の場合、本音を話す場所だと言われたりしますが、本音って私にはよく分からない。そんな単純なことではなくて、もっと有機的なものなんですよね。森田さんは語りが喚起されていくときの風景ってどんなものですか。

森田:僕は、ライブのときは、お客さんが座る椅子の並べ方や、空間の中の音の響きや光の入り方をまず確認します。特にライブの場を作っていくときに、座席の配置はすごく大事です。庭が石組みから決まっていくのに少し似ているかもしれません。気持ちのいい風がその場をただ流れていくように、自分が何も喋ろうとしていない、ただ言葉の通り道になっている。そういう状態になれたら最高のライブです。

今の社会は、大人と子どもの動線が重ならないようになっていますよね。昔は日常のなかで子どもが、働いている大人の姿を見ることがいまよりずっと多かったはずです。今は学校の登下校の時にオフィスの中を通っていくようなことはまずない。デザイン上、大人と子どもが活動する場所がオーバーラップしないようになっているので、お互いの存在に生活のなかで学び合う機会が減っています。

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AIの発展で、機械が賢くなること自体は素晴らしいことです。心配すべきは機械が賢くなることよりも、人間が愚かになっていくこと。愚かにならないためには、学び続ける必要がありますが、学びにおいてはすでに述べた通り、大人と子どもが互いに学び合う関係や、この関係が内包する「時間差」が重要です。同世代の子どもたち同士を同じ教室に閉じ込めてしまうだけでなく、いろいろな人がもっと自然に混じり合えるような制度や環境を整えていく必要があると思います。

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