永井玲衣(以下、永井):私は全国のいろいろな場所、学校や企業だけではなくてシェルター、被災地、路上、美術館などを巡って、互いの声を「きき」合い、考える場をつくる、ということをしていますが、この活動を通して本当に痛感したのは、誰もが声を持っていて、誰もが問いをもっている、ということ。なのに、それを表現できる場が、この社会に少ないだけだと思った。語り手はひとりではできない。聞き手がいて、語り手が生まれる。そしてその聞き手と語り手は独立して存在しているわけではなくて、互いに声を重ね合いながら場ができていく。でも最初に聞く人が必要だから、その最初の聞き手になりたい、と思って場に入っていくようになりました。
ですので10代だから、ということはあまり考えていなくて、森田さんがおっしゃるように、大人子ども関係なく、色んな人たちがその場にいることがとても楽しいんです。学校でやるとき、先生や教育委員会の人たちは「子どもたちだけで」と言うんですが、「いやいやいやいや、入ってください」と。子どもたちも教育委員会のおじさんの腕とかグイグイ引っ張って「やるよ」とか言って。教育委員会の人って何か部活をやっていたのか、足腰強い人が多くて、その場で踏ん張って抵抗するんですけど(笑)、無理やり入れて一緒にきき合う。すると、今森田さんがおっしゃったようなことが起こるし、私も一緒に考える。その場に集まった人の「問い」をまずきき合うというのをとても大切にしていて、人々がどのような方法で世界を見ていて、世界に押し流されながらもそれをどう捉えてるかという断片が出てくる。その瞬間から始めたいと思っています。
森田:そのような場において、「問い」を最初から持っている人はきっと少ないと思うんですよね。本人もまだ知らない「問い」は、その場できき合い、考えながら形成されていく。問いに答えるより、問いを見つける方が難しいことは多い。僕も答えを見つけるためより、「問い」を見つけるために考えている時間が長いと思います。


