3|電力制約は「備えるべきリスク」
企業経営の視点から見ると、エネルギーを巡る論点はさらに変化している。
これまで企業は、「どれだけCO₂を削減するか」「再生可能エネルギーをどれだけ導入するか」といった脱炭素を中心にエネルギーを考えてきた。しかし、生成AI、データセンター、半導体工場、GX投資が進むこれからは、「必要なときに必要な電力を確保できるか」という視点が、それ以上に重要になりつつある。
日本では、現時点で全国一律の電力不足が起きているわけではない。経済産業省は2025年度夏季について、すべてのエリアで安定供給に必要な予備率を確保できるとの見通しを示している。
しかし、その状況が将来も続く保証はない。
第7次エネルギー基本計画では、2040年度の電力需要は0.9〜1.1兆kWh程度まで増加すると見込まれている。また、「ワット・ビット連携官民懇談会」では、データセンターや半導体工場の新増設によって2034年度には最大需要が約715万kW増加すると試算されている。
しかも、その需要は全国に均等に増えるわけではない。例えば、東京電力パワーグリッドは、データセンターが集積する千葉県印西市において、2027年度の電力需要が2017年度の約6倍に達する見込みを示している。
つまり、日本企業が向き合うべきリスクは、「日本全体で電力が足りなくなること」ではない。必要な場所で、必要なタイミングに電力を確保できるか、そのための送配電網、変電所、系統接続が整っているかという、より局所的で構造的な制約なのである。
これは製造業だけの問題ではない。生成AIを活用する企業、クラウドサービスを提供する企業、半導体、自動車、ライフサイエンス、物流――電力を競争力の源泉とする産業は、今後ますます広がっていく。
エネルギーはコストではなく、「事業継続の前提条件」へと変わり始めている。
第4章|エネルギーを巡る競争の本質
ここまで見てきたように、エネルギー・リアリズムは、単に脱炭素政策を現実的に進めようという議論ではない。
その背景には、AIがもたらす産業構造の変化がある。生成AIの普及により、データセンターは爆発的に増加し、それを支える電力需要も急速に拡大している。Brunswick Reviewでも、多くの関係者が「再生可能エネルギーだけでこの需要増に対応できるのか」という現実的な課題を指摘している。
興味深いのは、世界のテクノロジー企業の動きである。Google、Microsoft、Amazon、Metaはいずれも生成AIへの投資を拡大する一方で、再生可能エネルギー、原子力、蓄電池、次世代電源など多様な電源への投資も加速させている。近年では、小型モジュール炉(SMR)への投資や原子力発電所からの長期電力調達契約も相次いで発表されている。
元資源エネルギー庁長官の保坂伸氏は、「彼らが取りに行こうとしているのは、単なる電力ではない」と指摘する。AI競争の本質は、コンピューティング能力の競争であり、そのコンピューティング能力を決めるのは、半導体だけではなく、安定して供給されるエネルギーそのものであるとするのである。この言葉は、エネルギーを巡る競争の本質を示している。
これまで企業は、「どの電力会社から電気を買うか」という視点でエネルギーを考えてきた。しかし、AI時代には、必要な時に必要なだけの電力を確保できるかどうかが、事業の成否を左右する。つまり競争しているのは電力そのものではない。その先にあるコンピューティング能力なのである。
その意味では、エネルギーは調達部門だけのテーマではなくなる。どこにデータセンターを建設するのか。どこに工場を新設するのか。どの地域へ投資するのか。どのような電源ポートフォリオを持つのか。これらはすべて、企業の競争戦略そのものになる。
Brunswick Reviewでは、こうした変化を受け、企業にはChief Sustainability Officerだけでなく、エネルギー、安全保障、価格、脱炭素を横断的に判断するChief Energy Officerのような役割が必要になる可能性にも言及している。つまり、エネルギーは環境部門の課題ではなく、CEOアジェンダになりつつあるのである。


