本連載では、ブランズウィック・グループが発行する国際的な知見誌 Brunswick Review から、世界で起きている構造変化と、日本企業への示唆を考察している。
今回取り上げるのは、Brunswick Review 2026に掲載された「「脱炭素」の次に来るもの日本企業はいま『エネルギー・リアリズム』をどう経営に取り込むか」である。
この数年、エネルギーを巡る議論は大きく変化した。数年前まで世界では、「脱炭素をいかに早く進めるか」が中心的な論点だった。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻、エネルギー価格の高騰、生成AIの急速な普及による電力需要の増加などを経て、各国政府や企業が向き合う現実は大きく変わりつつある。
いま問われているのは、「脱炭素か、化石燃料か」という二項対立ではない。安定供給、安全保障、コスト、そして脱炭素をどう両立させるのかという、より複雑な経営課題である。その変化を象徴する言葉が、「エネルギー・リアリズム」である。
1|世界は「脱炭素」から「エネルギー・リアリズム」へ
Brunswickが実施した最新のグローバル・エネルギー・トランジション調査では、「Energy Realism」という言葉が主要メディアで使われる回数は2020年から2025年にかけて2倍以上に増加している。
この背景にあるのは、脱炭素への支持が弱まったことではない。むしろ、「エネルギー転換は進めるべきだが、それは当初想定したほど単純ではない」という認識が共有され始めたことである。
Brunswickの調査でも、投資家や政策立案者、市民団体はいずれもエネルギー転換そのものには依然として支持を示している。一方で、その実現にはエネルギー価格、地政学リスク、送配電網、重要鉱物の供給など、多くの制約条件が存在することを前提に議論するようになっている。
実際、政策立案者がエネルギー移行を妨げる最大の要因として挙げたのは、地政学リスクでも政策の不確実性でもなく、「エネルギーコストの上昇」だった。さらに、各国政府がエネルギー政策で最も重視すべき項目として選ばれたのは「安全保障」と「エネルギー価格」であり、「持続可能性」はその後に位置づけられている。
投資家の視点にも変化が見られる。今回の調査では、今後10年間で最も高い投資収益が期待できるエネルギー分野として、太陽光や風力だけではなく、石油や天然ガスにも幅広く資金を配分する傾向が示された。米国とUAEでは、投資家は石油・天然ガス・石炭に運用資産の3分の1超を配分する意向を示している。
これは化石燃料への回帰ではない。再生可能エネルギーだけに依存するのではなく、多様な電源を組み合わせながらエネルギー転換を進めるという、「ポートフォリオ」の考え方への転換である。エネルギー転換は放棄されたのではない。より現実的な形へと再構築され始めているのである。
2|日本も同じ転換点に立っている
この変化は、日本にとっても決して他人事ではない。日本はOECD加盟国の中でもエネルギー自給率が最低水準にあり、2023年度の一次エネルギー自給率は15.3%にとどまる。原油は99.7%、LNGは97.9%、石炭は99.7%を輸入に依存しており、その調達先も中東や豪州など特定地域に偏在している。
再生可能エネルギーの導入は着実に進んでいるものの、一次エネルギー供給の約8割は依然として化石燃料で賄われている。日本のエネルギーシステムは、地政学や資源価格の影響を受けやすいという構造的な脆弱性を抱えたままである。
こうした現実を踏まえ、日本政府もエネルギー政策の重心を変え始めている。
今年策定された第7次エネルギー基本計画では、安全保障や安定供給への言及が強まり、DXやGX、生成AIなどを背景とした電力需要の増加を前提に、多様な電源を組み合わせる方向性がこれまで以上に明確に示された。
重要なのは、ここで政策そのものを論じることではない。注目すべきは、日本もまた世界と同じように、「脱炭素を進めるかどうか」ではなく、「脱炭素を現実的にどう実現するか」という段階へ移行したことである。
この変化は、政策だけではなく、企業経営にも新しい問いを投げかけている。それは、「どの電源を支持するか」ではなく、「将来にわたり、事業に必要なエネルギーをどう確保するのか」という問いである。



