旅行は長年にわたり、選択的支出(趣味・娯楽費)における最優先事項の一つだった。しかし、これからの10年間は、旅行者が何を基準に生活の予定を立てるのかという定義そのものが塗り替わるかもしれない。ブッキング・ドットコムにとって、その起爆剤となるのは、単なるビーチリゾートでの休暇や都市への短期旅行、あるいは一生に一度は行きたい海外旅行だけではない。ますます存在感を増しているのが、スポーツを目的とした旅行(スポーツツーリズム)の台頭だ。
ブッキング・ドットコムのアメリカ大陸担当マネージングディレクター、イアン・アクランド氏は、強力な相乗効果が生まれつつあると見ている。ジェネレーションZ(Z世代)をはじめとする若年層の消費者が「体験」を最優先していること、世界的なスポーツイベントが新たな旅の目的を生み出していること、そしてデジタルプラットフォームの進化によって、一生の思い出となる瞬間を軸に複雑な旅の計画をシームレスに組み立てられるようになったこと──これらが重なり合っているのだ。
「旅行に行きたいという欲求が、選択的支出における最大の優先事項であることは分かっている」とアクランド氏は筆者に語った。「これにより私たちは、スポーツイベントに関連して旅行とは何を意味するのか、という点に焦点を当てることができる」
スポーツ主導の旅行が続く10年
タイミングも極めて重要だ。アメリカ大陸はこれから、世界的なスポーツイベントが異例の密度で並ぶカレンダーに突入する。アクランド氏が指摘するように、FIFAワールドカップを皮切りに、夏季オリンピック、ラグビーワールドカップ、冬季オリンピックなど、2034年まで主要な大会が次々と開催される。
このスポーツカレンダーは、単なるイベント戦略ではない。旅行戦略でもある。
アクランド氏によれば、ブッキング・ドットコムはアメリカ大陸全体で6,000人を対象に調査を実施し、スポーツイベントに向けた旅行意向を把握しようとした。目を引く結果の一つは、旅行者の81%が「何らかの大規模なイベントのために旅行する計画がある」と答えた点だ。
世代間のギャップはさらに興味深い。アクランド氏によると、Z世代とミレニアル世代の割合が突出しており、91%が「一生に一度のスポーツイベントを観戦するためなら、5,000ドル(約81万円)以上を費やすことも、その資金を作るために人生の他の予定を先送りすることも辞さない」と回答した。これに対し、ジェネレーションX(X世代)は約71%、ベビーブーマー世代は30%台後半にとどまった。
これは単なるスポーツファンとしての情熱にとどまる話ではない。若い消費者が「価値」をどのように定義しているかを示している。彼らの多くにとって、一生に一度のスポーツ観戦ツアーは贅沢な散財ではなく、「最優先で手に入れるべき買い物」なのだ。
より意図的になる体験型経済
長年、さまざまなブランドが「コト消費(体験型経済)」へのシフトを大きなトレンドとして語ってきた。ブッキング・ドットコムのデータが示唆しているのは、体験への支出がより具体的で、より計画的で、より感情的な色合いを帯びるようになっているということだ。
大規模なスポーツイベントは旅行者に出かける強力な動機を与えるが、それ単独で完結することはめったにない。ワールドカップの試合、NBAやWNBAのゲーム、あるいはUEFA(欧州サッカー連盟)の決勝戦などが旅の主軸となり、旅行者はそこにホテル、航空便、レンタカー、レストラン、観光スポット、現地での体験を組み合わせていく。
ここでブッキング・ドットコムの「コネクテッド・トリップ(つながる旅)」戦略が意味を持つ。アクランド氏によると、ブッキング・ドットコムでは複数の要素を含む予約がより速いペースで伸びている。ホテルにレンタカー、航空券、体験が組み合わされることもある。こうした複数カテゴリーにまたがる取引は、事業全体に占める割合としてはまだ10%台前半にとどまるが、通常の取引の約3倍のペースで成長しているという。
これは注目すべきシグナルだ。消費者は単に在庫を購入しているのではない。思い出を組み立てているのである。
「ブリージャー」という要素
スポーツ旅行のトレンドは、特に出張とレジャーを組み合わせた「ブリージャー(Bleisure)」とも親和性が高い。アクランド氏は、近年の提携パートナーとの対話から、米国人旅行者は他国の旅行者に比べて、ビジネスとレジャーを融合させる傾向が特に強いことが分かったと述べた。
これは実際の行動パターンとも合致する。出張者がイベントに参加するために会議の日程を変更することはないかもしれないが、コンサートや試合、フェスティバル、あるいは現地のグルメ体験の日程に合わせて出張日を提案することはあるだろう。仕事の出張が「旅に出るための口実」となり、現地での体験が「心のご褒美」となるのだ。
旅行ブランドにとって、これは新たなタッチポイント(顧客との接点)の創出を意味する。予約プロセスは、単に最安値の宿や目的地に最も近いホテルを探すだけのものではなくなっている。旅行者がなぜそこへ行くのかを理解し、他に何をしたいのかを把握し、旅全体のストレス(摩擦)をいかに減らせるかが勝負となる。
「ポイントを貯める」から「その場で使える利便性」へシフトするロイヤルティ
ブッキング・ドットコムのロイヤルティプログラム「Genius(ジーニアス)」も、顧客ロイヤルティの進化を測る格好の指標だ。アクランド氏によると、Geniusは即座に特典が受けられる3段階の割引プログラムであり、旅行頻度の高いレベル2とレベル3の会員は、利用者全体の約30%に過ぎないものの、予約総数の50%台半ばを占めている。
これは、極めて高い価値の集中を意味する。
さらに重要なのは、Geniusの特典が単一の旅行カテゴリーに限定されないことだ。アクランド氏によれば、Geniusはホテル、レンタカー、フライトにまたがっており、会員がレベルを上がるにつれてより深い割引が適用される。
これが重要な理由は、次世代のロイヤルティプログラムにおいて、抽象的なポイントをコツコツと貯めることよりも、その場で得られる実用性が重視されるからだ。旅行者が一生に一度のイベントを中心に旅を組み立てている場合、最も魅力的なロイヤルティプログラムとは、旅全体の費用を抑え、手続きを簡素化し、個人のニーズに合わせてパーソナライズしてくれるものであるはずだ。
ロイヤルティは、単なる「会員プログラム」から、旅を快適にするための「ユーティリティ層(実用的ツール)」へと進化している。
AIと信頼のギャップ
アクランド氏は、旅行の未来を形作るもう一つのテーマとして、人工知能(AI)を挙げた。
旅行者の約4分の3が、何らかの形でAIによるレコメンデーション(提案)を求めているという。ブッキング・ドットコムは、旅行の検索や発見のプロセス全般においてAIへの投資を行っており、その中にはアクランド氏が「自分の言葉による検索」と呼ぶ機能も含まれる。これは、従来の段階的な目的地検索ではなく、自由なテキストを入力して検索できる機能だ。
具体的には、地理的な情報だけでなく、旅行の「意図」に基づいて検索できるようになる。たとえば、最初に「パリのホテル」と検索する代わりに、「特定の会場の近くで、アクセスが良く、口コミの評価が高く、現地のグルメも楽しめて、家族連れに適した宿」といった条件で尋ねることができる。
好機は明らかだ。同時に、「信頼のギャップ」という課題も同じくらい明らかである。
AI技術の導入は、消費者の信頼醸成よりも早く進んでいるのかもしれない。手軽な国内旅行であれば、多くの消費者はAIの提案をすぐに受け入れるだろう。しかし、日本への旅、ワールドカップ、オリンピックといった規模の大きな旅行となれば、失敗した時のリスクが大きい。消費者はAIの便利さを求めつつも、依然として安心材料を必要としている。
アクランド氏は、ブッキング・ドットコムが持つ口コミ(レビュー)のインフラが、この信頼のギャップを埋めるのに役立つと考えている。AIは関連するレビューを抽出・要約し、検索をよりパーソナライズし、実用的な結果を導き出すことができる。同氏の見解では、AIはテクノロジーによって進化した「旅行エージェント(代理店)」のような存在だ。膨大なデータに基づいてはいるものの、最終的にはユーザーの信頼(確信)を高められて初めて真の価値を発揮する。
「検索をより優れたものにする能力」とは、それを「よりパーソナライズされ」、「自分だけの特別なものにする」ことから生まれると、アクランド氏は語った。
企業が学ぶべき教訓
本質的な変化は、単に「人々がスポーツ観戦のために旅をするようになる」という事実だけではない。大規模なライブイベントが、消費者の支出を決定づける「中心的な軸」になりつつあるということだ。
スポーツ、コンサート、フェスティバル、グルメツアー、観光アトラクションなどは、もはや旅行の「おまけ」ではない。それらこそが、旅に出る最大の理由になっている。このパラダイムシフトは、航空会社、ホテル、オンライン旅行代理店(OTA)、クレジットカード会社、観光地、そしてロイヤルティプログラムを運営するすべての企業に影響を及ぼす。
勝ち残るブランドは、単に客室や座席、チケットを販売するだけではない。消費者がストレスなく、安心して「最高の体験」を組み立てられるようサポートするブランドだ。
特にZ世代やミレニアル世代にとって、思い出こそが「商品」であり、旅行はその「プラットフォーム」、そしてイベントはその「起爆剤(きっかけ)」なのである。



