名経営者ほど「二律背反」にうまく対峙できる理由
鈴木:少し違う角度から考えてみたいのですが、二律背反というのは、本当に解消しなければならないものなのでしょうか。
クライアント:……。確かに、どちらか一方だけでいいと思ったことはありません。むしろ両方必要です。
鈴木:両方とも必要なのだとしたら、「どちらが正しいか」だけを考え続けても答えは出ないのかもしれませんね。
では、こうした二律背反にうまく対峙できている経営者には、どんな共通点があるのでしょうか。
クライアント:やはり、何のために事業をしているのか、何のための判断なのかを見失わないことでしょうか。
社会にどんな価値を届けたいのか。
そうしたより上位の目的から考えると、短期的な成果も、中長期の顧客との関係づくりも、その実現に欠かせない両輪として見えてきます。
この時重要なのは、上位目的に立ち返れば葛藤がなくなるわけではない、ということです。
現実には予算も時間も限られており、ある場面では短期的な利益を、別の場面では長期視点での投資を優先せざるを得ません。その葛藤自体は残り続けます。しかし、「どちらが正しいか」ではなく「何を実現するための判断か」という視点を持つことで、軸のぶれない意思決定ができるようになります。
無意識に引き込まれる「正解探し」の罠
クライアント:そう考えると、私が苦しかったのは二律背反そのものではなく、「矛盾のない正解を見つけよう」としていたことかもしれません。
鈴木:その可能性はありますね。
人はプレッシャーが高まると、無意識のうちに「どちらが正しいのか」という問いに引き込まれます。しかし経営者に求められるのは、唯一の正解を探すことではありません。会社の目的を実現するために、今どちらを優先するかを決めることです。そのためには、ときに目の前の状況から少し距離を取ることも大切です。
私はよく席を立ち、自分が座っていた椅子を眺めながら考えることがあります。
「今、自分は何に反応しているのだろう」
「何のために、この判断をしようとしているのだろう」そんな問いを自分に向けることで、視野が狭くなっている状態から抜け出しやすくなります。
クライアント:自分の視野を整える感覚ですね。
鈴木:そうですね。正解を探すためではなく、何のための判断なのかを思い出すための時間とも言えるかもしれません。
経営者とは、「矛盾を引き受ける人」である
セッションの終盤、クライアントは静かにこう語りました。
クライアント:今日、話していて気づいたのですが、私はずっと「どちらを選べばよいのか」を考えていました。でも、本当はそうではなかったのかもしれません。
短期も長期も、変革も安定も、どちらも必要だと思っている。だとしたら、どちらかを捨てることが答えではない。
両方に責任を持ち続けること自体が、自分の役割なのかもしれません。
私は深くうなずきました。
経営者とは、その瞬間にはどちらかを優先して選ばなければなりません。
しかし、その時でさえ、もう一方の価値を手放さないことが重要なのだと感じます。
経営者とは、矛盾を解消する人でも、どちらかを捨てる人でもありません。相反する価値の間に立ち、その両方に責任を持ち続ける人です。
二律背反を抱え続けること。それこそが、経営者という仕事ではないでしょうか。


