スポーツ競技の最中に飛び出した1つの掛け声が、大企業の不祥事と歴史的な傷跡を一気に炙り出し、韓国社会を揺さぶった。
2026年夏、ソウルの名門高校の野球部員たちが発した「スターバックスに行こうぜ」という言葉は、なぜこれほどまでに大きな波紋を呼んだのか。そこには、歴史、地域感情、企業責任、そして若い世代の歴史認識という複合的な問題が絡み合っていたのだ。
「スターバックス」が意味するもの
2026年6月29日、ソウルの木洞(モクトン)球場。「第81回青龍旗全国高校野球選手権大会」の1回戦として、ソウルの培材(ペジェ)高校と光州第一高校が対戦していた。
試合は培材高校が6対2とリードして迎えた8回表、培材高校のダッグアウトから聞こえてきた言葉が試合の流れを一変させる。
「行こうぜ、行こうぜ、スターバックス、行こうぜ」「タンクデー」
テレビの中継映像には、試合中の培材高校の選手たちが、光州第一高校のダッグアウトに向かって繰り返しこの掛け声を叫ぶ様子がはっきりと映し出されていた。
相手チームである光州第一高校のコーチが「スターバックスって何だ? さっきからずっと我慢しているんだ!」と声を上げたことから、ようやく騒ぎは表面化した。
一見すると、著名なコーヒーチェーン店の名前を叫んだだけの奇妙な掛け声に聞こえたが、韓国では、誰もがこの言葉に込められた意味を理解していた。
この掛け声を理解するには、約1カ月前に起きた別の事件に遡る必要がある。
2026年5月18日、この日は韓国現代史において極めて重要な日だ。1980年のこの日、光州で民主化を求める市民が軍事政権の戒厳軍と衝突した「5・18光州民主化運動」が始まった。戦車が市街地に進入し、多くの市民が犠牲になったこの事件は、韓国の民主主義の礎として現在も深く追悼されている。
その5月18日、あのコーヒーチェーンの「スターバックス・コリア」はモバイルアプリを通じて特定タンブラーの割引キャンペーンを開始した。その名も「タンクデー」。さらに宣伝文句には「机にドン!」という一文も添えられていた。
後者の「机にドン」とは、1987年に起きた反政府運動家の朴鍾哲(パク・チョンチョル)氏の拷問死事件の際、政府が死因を「机をドンと叩いたら『ウッ』とうなって死亡した」と強弁したことで、広く知られるようになった言葉だ。
「タンク(戦車)」と「机にドン」の組み合わせは、光州事件で戒厳軍が市民を鎮圧した歴史と、拷問死事件を同時に想起させ、民主化運動への冒涜として受け取られたのだ。
民主主義を守るために市民が戒厳軍に立ち向かった5月18日を追悼する日に、戒厳軍の戦車を連想させる「タンクデー」という言葉を使ったことへの批判は瞬く間に全国に広がった。
スターバックス・コリアはキャンペーンを中断して、謝罪文を2度も発表し、オーナーである新世界グループの鄭容鎮(チョン・ヨンジン)会長は、即座にスターバックス・コリアの代表を解任した。
李在明(イ・ジェミョン)大統領も直接SNSで批判を表明し、不買運動が政府機関にまで広がる事態に発展した。最終的に鄭容鎮会長は、直接、国民への謝罪文を読み上げる異例の対応に追い込まれた。
後に発表されたスターバックス・コリアのグループ自体の内部調査結果では、現場担当者から代表取締役まで、企画から決裁の過程で「5・18民主化運動」を思い浮かべた人間は1人もいなかったことが明らかになった。
培材高校の野球部員たちが「スターバックス」と「タンクデー」を組み合わせて叫んだのは、このスターバックス事件の記憶がまだ生々しい1カ月余り後のことだった。言い換えれば、「5・18を侮辱したコーヒーチェーン店に行こうぜ」「あの戦車の日だ」という二重の意味を持つ言葉で、光州出身の高校の選手たちを挑発したのだ。



