進化が白髪を防ごうとしなかったのはなぜか
化学的な側面よりも気になることがある。それは、白髪というある種の欠陥を、自然選択がそのまま残しておいたのはなぜか、ということだ。
その答えは、老化の生物学の基盤をなす一つの考え方にある。これは、1957年に学術誌『Evolution』で発表された論文において生物学者ジョージ・ウィリアムズが唱えた説で、「拮抗的多面発現仮説(antagonistic pleiotropy theory)」とも呼ばれている。
ある形質が、その生物の生殖機能が最も強い時期が過ぎてから現れる場合は、自然選択はそれを淘汰しようとする力を緩める。50代の人間の頭部で、色素幹細胞に対してひそかにダメージを与える突然変異があったとしても、それを淘汰しようとする力がほとんど働かないのは、50代では繁殖に向けた遺伝子の働きがほぼ役目を終えているからだ。50代に白髪が生えても、種が生き残る上では何の不利益もない。従って進化は、色素幹細胞へのダメージを防ぐためにわざわざエネルギーを割くようなことはしなかった。老犬のマズルが白くなったり、象の鼻に斑点が現れたりする現象を修正しなかったのもそれと同じだ。
だからといって、白髪になることに、まったく意味がないわけではない。一部の進化生物学者は、「おばあさん仮説(grandmother hypothesis)」を提唱している。これは、1998年に『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載された研究で示された仮説で、生殖期を終えた人間──とりわけ高齢女性がこれまで、孫の養育を助けることで家族の生存率を高めてきたという考え方だ。人間が生殖可能年齢を過ぎてから何十年も生き続けることには意味がある、ということだ。
協力し合って生きる種の場合は、目に見える老化のサインが、二次的な社会的シグナルの役目を果たしていると言ってもいいだろう。マウンテンゴリラでは、成熟して背中が独特の銀色になったオスが群れを支配するリーダーになり、シルバーバックと呼ばれる。そのため、「ヒトに近い種のあいだで、地位と白髪が結びつく例」としてよく引き合いに出される。
ただし、人間の白髪については、ゴリラと同じく、選択によって形成されたシグナルなのか、それとも、とりたてて役割のない白髪に文化的な意味を後づけしただけなのかは、今も議論が続いている。


