「ニューヨーク・タイムズ」に最近掲載されたオピニオン記事は、リモートワークが働く人のメンタルヘルスに悪影響を及ぼしていると示唆している。
同記事で著者らは、学術誌「サイエンス(Science)」に発表した研究を引用し、パンデミック以降、リモート職に就く労働者は勤務日1日あたり1時間多く1人で過ごすようになり、丸1日を1人で過ごす日も増え、仕事後の交流も減ったことを示した。さらに、精神的苦痛が同時に増加したことも示されている。
これらの知見を無視すべきではないが、リモートワークをめぐる議論は両極端に振れがちだ。ニューヨーク・タイムズの記事のように在宅勤務(WFH)は悪だとする見方と、学術誌「パーソネル・サイコロジー(Personnel Psychology)」に掲載された研究のように、リモートワーカーはオフィス勤務者より良好な結果を示すとする在宅勤務は善だとする見方である。
しかし、どちらの立場も見落としていることがある。働く人は均質な集団ではない。特に女性は、不均衡なケア責任や「見えない労働(インビジブル・レイバー)」といった要因により、仕事の経験が異なる。
問うべきは、リモートワークがメンタルヘルスに悪いかどうかではない。その二分法の枠組みは、より重要な問いを見落としている。リモートワークは誰に合わないのか、そして誰を救っているのか、という問いだ。
メンタルヘルスは1つの変数だけでは語れない
リモートワーカーのメンタルヘルスをめぐる議論は、ニューヨーク・タイムズの記事に見られるように、孤独や社会的つながりの欠如に焦点が絞られがちである。
しかしメンタルヘルスには、ストレス、不安、燃え尽き、睡眠、回復、感情の調整、医療やセラピーへのアクセス、ワークライフインテグレーション(仕事と生活の統合)なども含まれる。1つの指標が他のすべてを上回って重視されるべきではない。とりわけ、それがリモートワークに反対する根拠として使われている場合はなおさらだ。
問題の一端は、リモートワークをめぐる議論が孤立と自律性を同一視していることにある。これらは異なる心理学的概念であり、相互に排他的でもない。自律性を持ちながら、同僚とのつながりを感じることはできる。オフィスに出社していても、職場で共同体意識を持てないこともある。
社会的ストレスと段取りのストレスを区別する必要がある
ストレスはすべて同じではない。
孤独、自発的な交流の減少、何気ない会話の減少は、確かに社会的ストレスの一形態である。一方で、常に急かされること、通勤、育児の段取り、認知的負荷、予定の細切れ化は、段取りに関わるストレスの例だ。どちらも働く人のメンタルヘルスに重くのしかかり得る。
リモートワークは、ある種類のストレスを増やす一方で、別の種類のストレスを大幅に減らす可能性がある。子どもや高齢者、その他の家族に無償のケアを提供する時間が男性より1日あたり約1時間多い女性にとって、日々の慢性的なストレスを減らすことは、職場での交流を増やすことよりも、全体的なウェルビーイングに大きな影響を及ぼすかもしれない。
孤立のような1つのストレス要因を取り除けば、全体的なメンタルヘルスが自動的に改善すると考えるべきではない。特に、それによって他の複数の不安要因が大幅に増える場合はなおさらである。
柔軟性は見えない認知的負荷を減らす
女性のメンタルヘルスに影響を及ぼすのは、仕事そのものだけではない。仕事を取り巻くあらゆるものが影響している。
そこには、学校や保育施設への送り迎え、通院、病気の子ども、高齢者介護といった段取り上のストレス要因から、妊娠中の配慮、搾乳、更年期までが含まれる。女性はこうした責任のより大きな割合を担っているだけでなく、妊娠や健康に関連するすべての事柄も引き受けている。そして、これらの責務の結果として、感情面のウェルビーイングへの影響がより大きいと報告している。
こうした責任を抱えながらリモートで働くことは、単なる気の利いた福利厚生ではない。日々の認知的負荷、ひいてはストレスの測定可能な一部を取り除くものだ。
「リモートワーク」は一様ではない
どういうわけか、仕事をどこで行うかをめぐる議論は、オフィス勤務かリモート勤務かという二分法で語られることがあまりに多い。
実際には、完全出社、ハイブリッド、ほぼリモート、完全リモートなど、働き方には連続体がある。リモート可能な職種のうち、ギャラップの報告によれば、26%が完全リモート、52%がハイブリッド、22%がオンサイトで行われている。
すべての人にとって普遍的な「最善の働き方」は存在しない。それは極めて個人的で、状況に左右されるものだ。ただし、ハイブリッドワーカーは完全出社の労働者と同等に生産的であることは注目に値する。加えて、特に通勤時間の長い女性従業員では、仕事への満足度が高く、離職率が低いことも示されている。
要するに、ハイブリッドワークは2つの極端な選択肢の妥協案ではない。多くの場合、最も多くの労働者にとって最も有力な選択肢である。
雇用主は本当は何を最適化すべきなのか
リモートワークかオフィス勤務かという議論は、本来測定すべきものを単純化しすぎている。協業、生産性、孤独、エンゲージメントに注目することは重要だが、女性は仕事を1つの指標ずつ経験しているわけではない。日々の数十ものストレス要因が積み重なった影響を経験している。
組織はこれらの要素を相互に排他的なものとして扱うのではなく、意味のあるつながりや帰属意識をいかに生み出しながら、働く人の自律性、柔軟性、心理的安全性を維持できるかを問うべきである。
結論として、柔軟性は特典であるべきではない。多くの女性にとって、それは野心的なキャリアを持続可能にするものだ。実際、女性はリモートワークを最も価値ある福利厚生の1つとして選ぶ割合が男性より11パーセントポイント高く、柔軟な勤務時間や育児支援も優先していた。
これは、全員がリモートで働くべきだという主張ではない。ウェルビーイングの1つの側面だけから包括的な結論を引き出すことへの反論である。
職場における女性のメンタルヘルスを本気で改善したいのであれば、より精緻な議論が必要だ。たまたまどこからログインしているかだけでなく、女性の生活の全体像を考慮する議論である。



