いま、あらゆる業界の取締役会が同じ問いを発している。「当社のAI(人工知能)戦略は何か」。多くの組織における率直な答えは、互いに連携せず、首尾一貫したビジョンにも結びついていない、実証実験やポイントソリューション、ベンダーによる試験導入の寄せ集めである。
その衝動は理解できる。価値提案は非常に魅力的だからだ。スタートアップ企業が現れ、単一のペインポイント(解決すべき課題)の自動化を約束し、スライド上では明快なROI(投資対効果)の計算式が示される。そこに、毎週のようにドアを叩く何十社ものベンダーが加われば、組織がツールの「継ぎはぎ(パッチワーク)」を抱え込む結果になるのは容易に想像がつく。それらのツールは、個別の課題を解決する一方で、全体として「分断化」という新たな問題を生み出しているのだ。
医療業界もこのパターンの例外ではない。むしろ、規制の複雑さ、臨床判断に伴う重大なリスク、そして市場に押し寄せるベンダーの膨大な数を踏まえれば、この分野では問題がさらに深刻だ。金融サービス、物流、製造、プロフェッショナルサービスのいずれであっても、結果は同じである。結束を欠いたイノベーションは、複雑性を減らすどころか増幅させる。
過去にも同様の歴史がある
このパターンは、テクノロジーの移行期を乗り越えてきたリーダーたちにとっては馴染み深いものだ。例えば、クラウドコンピューティングの黎明期、あらゆる業界の組織がアプリケーションを一つずつ後付けしていった。その結果、システムの肥大化、データの重複、統合プロセスの煩雑化が発生し、従業員は重要な業務に集中する代わりに、複数のシステム間を行き来する羽目になった。
AIの導入もこれとまったく同じ軌跡をたどっている。多くの業界において、こうした場当たり的なアプローチは、利益率の低下、コンプライアンスリスクの露呈、業務効率の低下を招き、それらは時間の経過とともに悪化していく。医療業界においては、その結果が患者の安全と健康を脅かすことにもなりかねない。
AIツールがシステムに組み込まれて動作するのではなく、システムの上にただ載っているだけの状態では、アクセスできるデータが制限される。こうしたツールは往々にして、制限されたAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)に依存しており、これがパフォーマンスを低下させ、基盤となる記録を分断する。さらに悪いことに、中核となるシステムにデータを書き戻せないことが多いため、ある場所で生成されたインテリジェンス(知見)が、実際に人間が意思決定を行うワークフローに届くことはない。ツールが追加されるたびにスタッフの認知負荷が高まり、画面の切り替え、情報の再入力、システム間での記録の照合作業を強いられることになる。事務負担を軽減するはずのテクノロジーが、結果として負担を増やしてしまうのだ。
データが明らかにする事実
医療業界では、分断されたデータのコストを数値化するのは容易だ。筆者の会社が6つの顧客組織のデータを用いて、AIを活用した新しい記録監査機能を開発した際、そのアルゴリズムは、記録に不備(ギャップ)のある事例を750件検出した。これらは、転倒の危険性や褥瘡(じょくそう:床ずれ)など、追跡記録が不完全であったり欠落していたりしたケースだった。人間が数千ページにおよぶ臨床記録を目視で確認しても、こうした不備のほんの一部を見つけることすら困難だっただろう。しかし、このAIが効果を発揮したのは、記録が保存されているシステム内で直接動作し、モデルが解釈できる構造化・標準化されたデータを活用できたからにほかならない。
同じ原則は、どの業界にも当てはまる。AIモデルの有効性は、そのモデルがアクセスできるデータの品質、構造、アクセス可能性に左右される。標準化されていない非構造化データは、業界を問わず、AIが実行できることを大きく制限する。コード化され、構造化されたデータで訓練されたモデルは、利用可能で実行可能な結果を生み出す。データ品質の問題こそが、AIを後付けで重ねるアプローチに、あらゆる企業で見えにくいリスクをもたらす理由である。データへのアクセスが限られれば、インテリジェンスも限られる。
複利的に高まる価値
あらゆる分野において、AIから持続的な優位性を得られる組織とは、AIを「それぞれの機能が次の機能を構築・強化していくシステム」として扱う組織である。医療の世界では、臨床記録の質が向上すれば、それに伴って患者の治療成績や診療報酬の償還額も向上することが多い。コンプライアンスリスクが早期に発見されれば、賠償責任は軽減される。入院・入所時のワークフローが迅速化すれば、ベッドや施設の稼働率は上昇する。それぞれのレイヤーが、その下にあるレイヤーの価値を複利的に高めていくのだ。
同じロジックは、需要予測が在庫管理に反映され、それが調達の自動化へとつながるサプライチェーン業務にも当てはまる。あるいは、リスクスコアリングが引き受け(アンダーライティング)業務に反映され、それが価格設定に反映される金融サービス企業にも同様である。この複利効果は、インテリジェンスが相互に連携している場合にのみ機能する。それぞれがサイロ化された個別のポイントソリューションを十数個購入したところで、得られるのはせいぜい一時的な勝利にすぎない。ワークフロー全体を横断して機能するインテリジェンスこそが、持続する推進力を生み出すのだ。
AIではなく、価値を追え
AI戦略を評価するリーダーに、私は1つの原則を提示したい。AIではなく、価値を追え、ということだ。テクノロジーそのものはコモディティ化しつつある。重要なのは、それがチームが実際に業務を行うワークフローに組み込まれているか、構造化され意味のあるデータを利用しているか、そして新たな機能の1つひとつが、それ以前の成果を積み上げるものになっているかである。
これを正しく実行する組織は、根本的に異なる経済性で事業を運営することになる。品質は高まり、事務コストは下がり、利益率は改善し、人員を比例的に増やさずに成長する能力を得る。一方で、つながりのないツールを後付けし続ける組織は、複雑性が増し、管理すべきベンダー関係も増えるばかりで、得られる成果はほとんどないことに気づくだろう。
AIの可能性は、医療分野でも他のあらゆる分野でも本物である。熱狂は理解できる。だが、その可能性を実現するには、規律と戦略が同じだけ必要だ。



