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食&酒

2026.07.12 15:20

建国250周年を祝う、米国を代表するスパークリングワイン5選

stock.adobe.com

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米国産スパークリングワインは、この数十年で大きな進化を遂げてきた。実際、今日の米国の造り手たちは、受賞歴があり批評家から高く評価されるスパークリングワインを生み出している。他国には発泡性ワイン造りに何世紀もの経験があることを考えれば、これは並外れた成果である。シャンドンのスパークリングワインのワインメーカーで、シャンパーニュ地方に生まれ育ったポーリーヌ・ロットは、同ワイナリーで21回目の収穫期を迎えている。米国で20年以上ワイン造りに携わってきたロットは、醸造において自由に試みることができる点こそ、米国最大の強みだと指摘する。「米国産スパークリングワインの美しさは、この国が持つ自然の地理的優位性と、いかにも米国らしい表現の自由を融合している点にあると思う。私たちはシャンパーニュを再現しようとしているわけではない。それでは本質を完全に見失ってしまう。同じブドウを使い、同じ伝統的製法を用いるが、ワインにはより果実味があり、より明るく、より生き生きとした表情を持たせる。なぜなら、それこそがこの土地が実際に提供してくれるものだからだ」

確かに米国はワイン造りの歴史が浅い国である。しかしロットは、それが多くの意味で強みになると語る。「伝統の影響が少ないからこそ、米国はワインがどうあり得るのか、どうあるべきなのかについて、変化や新しい考えに驚くほど開かれた場所になっているのだと思う」。米国の開拓者精神250年に乾杯である。

ドメーヌ・カーネロス: カリフォルニアを代表する象徴的なワインメーカーの1人、アイリーン・クレーンは、1987年にドメーヌ・カーネロスでの仕事を始めた。同ワイナリーはテタンジェと米国のワイン輸入業者コブランドによる合弁事業で、クロード・テタンジェがワイナリー開発の統括にクレーンを任命した。クレーンは業界の先駆的な女性の1人であっただけでなく、40年以上の実績を持つ、米国で最も経験豊かなスパークリングワインの造り手でもあった。ドメーヌ・カーネロスの「Crane Cuvée」 2020 Single Vineyard Brut Roséは、クレーンの功績をたたえる特別なリリースである。ワイナリー創設時からの区画のブドウで造られ、ピノ・ノワールとシャルドネで構成されるこのブレンドは、鮮やかなチェリー、桃、オレンジの花の香りに、ハニカムとマカダミアの風味を備えている。

ロデレール・エステート: 1982年、当時シャンパーニュ・ルイ・ロデレールの社長だったジャン・クロード・ルゾーは、世界水準のスパークリングワインを生み出せる土地を求めてカリフォルニアで調査を始めた。ナパやソノマに拠点を構えていた他のフランス生産者とは異なり、ルゾーは北のアンダーソン・バレーへ向かった。より冷涼な気候が、個性があり、洗練され、フレッシュなスパークリングワインをもたらすと考えたからだ。ロデレールのL'Ermitageは、当初、プレステージ・シャンパーニュに相当するカリフォルニア版として造られた。特別に選ばれた自社畑のブドウを用い、傑出したヴィンテージにのみ造られる。

ドメーヌ・シャンドン: 1973年、モエ・エ・シャンドンはヨントヴィルにドメーヌ・シャンドンを設立した。これにより同ワイナリーは、ナパバレー初のフランス資本によるスパークリングワイン事業となり、カリフォルニアワインへの初期の大規模な国際投資の1つとなった。同ワイナリーは、カリフォルニアワインへの国際的な注目を劇的に高めた有名な「パリスの審判」と同じ年である1976年に、初のヴィンテージ・スパークリングワインを発売した。現在、シャンパーニュ地方出身のワインメーカー、ポーリーヌ・ロットは、彼女が説明するところの「紛れもなくカリフォルニアらしい味わい、つまり親しみやすく、楽しみやすく、乾杯のためだけでなく火曜日にも気軽に開けられるようなスパークリングワイン」を造っている。「一部の欧州ワインが、泡は休日や結婚式のためだけに厳格に取っておくべきだという考えを育んできたのに対し、よく生きること、あるいはよく飲むことが誰にでも手の届くものであり得るという考えは、まさに米国的な発想であり、私はそこが好きだ」。ロットはロゼのスパークリング造りを愛している。彼女のChandon Brut Roseは、ブラックベリー、ストロベリー、チェリーのみずみずしい香りを持つ、遊び心のある1本だ。ロットはこう語る。「特に夏の時期(あるいは7月4日)にはしっくりくる、この軽やかさがある。CHANDON Roséは、飲むのは一見とても簡単だが、本当にうまく造るのは難しいワインの1つだ」

シュラムスバーグ・ブラン・ド・ブラン: ドイツ系移民のジェイコブ・シュラムは1862年、ナパにこのワイナリーを創設し、広大な丘陵地の洞窟を使ってワインを熟成・貯蔵した。その洞窟の多くは、ゴールドラッシュ時代に中国人労働者によって掘削されたものだった。しかし、このワインを有名にしたのはニクソン大統領である。1972年2月25日、北京の人民大会堂で開かれた公式晩餐会で、ニクソンと中国の周恩来首相はシュラムスバーグ・ブラン・ド・ブランのグラスを掲げ、これが「平和への乾杯」として知られるようになった。シュラムスバーグは、ホワイトハウスの公式行事で供された史上初の米国産ワインとなった。独立記念日の休日メモ:シュラムスバーグは7月4日に船をチャーターし、今年の7月4日の祝賀行事を観覧するため、サンフランシスコ湾に出る予定である。今年の花火ショーはゴールデンゲートブリッジ上空で実施されると発表されたばかりで、これは史上わずか3回目のことである。

アーガイル・ワイナリー:1987年、ブライアン・クロザーとカル・クヌードセンは、ワインメーカーのローリン・ソールズとともにアーガイルを設立した。彼らはともに、フランスのシャンパーニュと世界の舞台で競える発泡性ワインを造ることを目指した。それから数十年を経て、ソールズは2013年にアーガイルを離れた後、ROCO Wineryを設立し、RMS(Rollin Michael Soles)のスパークリングワインを立ち上げた。これは今日、オレゴンで最も高く評価される伝統的製法のボトリングの1つに数えられている。アーガイルは現在も洗練された優雅なスパークリングワインを造り続けており、この分野全体は、同じく元アーガイルのワインメーカーであるもう1人の先駆者、アンドリュー・デービスの尽力によって、オレゴン全域で急速に拡大している。デービスは2013年、移動式のデゴルジュマンおよびスパークリングワインサービスを提供するRadiant Sparkling Wine Companyを設立し、小規模ワイナリーが専門機材を利用できるようにした。現在、アーガイルのワインメーカーはケイト・ペイン・ブラウンで、彼女は同ワイナリーで20回目の収穫を終えたネイト・クロスターマンの後任として、2025年3月にその役職に就いた。ペイン・ブラウンは、1987年のワイナリー創設以来、アーガイル史上3人目のワインメーカーとなった。

forbes.com 原文

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