なぜ有能で意欲的なリーダーほど、この罠に陥るのか
皮肉なことに、この罠に最も陥りやすいのは、能力が高い経営者である。その背景には、経営者を無意識のうちに縛りつける3つの要因が存在する。
第一の要因は、「アイデンティティ」だ。多くの経営者にとって、会社は単なる職場ではなく、自らの人生そのものだ。あらゆる答えを持つ存在として頼られることは心地よく、組織から必要とされることは、自らの存在価値を確認することにもなる。しかし、経営者個人を前提に設計された組織は、その個人の限界を超えて成長することはできない。
第二の要因は、「スピード」である。創業期には、経営者自らが意思決定し、手を動かすほうが圧倒的に速い。答えは本人の頭の中にあり、それを他者に共有し、任せられるよう育成するには時間がかかるからだ。そのため、「自分でこなす」という選択が繰り返される。そして、その積み重ねの末に、組織は経営者自身が動くことを前提とした運営へと変質し、本人もまた、その状態から抜け出せなくなってしまう。
第三の要因は、「信頼の欠如」である。多くの経営者は、社員は自分と同じ水準では仕事ができないと思い込んでいる。しかし、高い品質基準を維持することと、経営者自身が組織のボトルネックになることは、全く別の問題である。あらゆる意思決定をトップに集中させる体制は、もはや品質管理ではない。それは構造的な欠陥であり、どれほど優れたプロダクトを擁していようとも、ビジネスの成長を阻害することになる。
品質管理とは、顧客に問題が及ぶ前に検知できるよう、明確な基準を設け、それに基づいてチームを育成する仕組みである。一方、ボトルネックとは、トップが確認するまであらゆる業務が滞る状態を指す。前者が持続可能なビジネスを築き上げるのに対し、後者が生み出すのは檻である。そして、その檻に閉じ込められるのは、ほかでもない経営者自身なのだ。
この問題が休暇を失う以上の代償を伴う理由
仮に、あなたが長時間労働を苦にしないとしよう。組織から頼られることにやりがいを感じ、しばらく休暇を取るつもりもないかもしれない。それでも、この問題を軽視すべきではない理由がある。
来年か10年後かは別として、いつかあなたは事業を売却し、経営の第一線から退くか、あるいは後継者へ引き継ぐ日を迎える。そのとき買い手が評価するのは、現在の売上高だけではない。あなたがいなくなった後も、その収益を維持できる事業なのかを注視する。
PE(プライベート・エクイティ)ファンドや戦略的買収者、MBO(マネジメント・バイアウト)のチームが企業を評価する際、まず確認するのは極めてシンプルな問いである。それは、「オーナーがいなくなったら、この会社はどうなるのか」というものだ。もし答えが「事業が立ち行かなくなる」であれば、それは重大な危険信号となる。評価額は引き下げられ、アーンアウト(業績連動型の追加対価)の期間は長期化し、売却代金を前払いで受け取ることも難しくなる。ディールそのものが打ち切られることも少なくない。


