アフリカの農村で起業したカルロス・大場に聞いた前編 アフリカの村で起業、欧州Viva Techで日本企業初ファイナル! 47歳気炎の源 に続き、その行動・決断を支える家族の考え方・サポートについてパートナーの弓子さんへインタビューをしました。正反対の性格を持ちながら、価値観をすり合わせしつつ、家族で一緒に過ごしていくたくましい姿勢と「なんとかなる」という自然体な考え方を紹介していきます。
自己紹介:大手食品メーカーでのキャリアと、予期せぬ「駐妻生活」の始まり
━━まずはこれまでのキャリアと、海外へ生活の拠点を移すことになった経緯について教えてください。
大場弓子(以下、弓子): もともとは日本の大手食品メーカーに総合職として入社し、新卒から10年以上勤務していました。キャリアの転機となったのは、結婚の翌年に夫(カルロス)が転職してタイに赴任することになったときです。幸い、私の会社には配偶者の海外転勤に同行する際に取得できる「配偶者帯同休職制度」があったため、それを利用して約2年間タイで生活をしました。
タイで1人目の子供の妊娠がわかり、妊娠7カ月頃に日本へ里帰り出産のために帰国しました。その後、1年半の育児休暇を経て一度仕事に復帰したのですが、今度は夫がアフリカ事業を扱う会社に転職したもののコロナ禍が重なり現地へ渡航できない状態になりました。結果として、東京で夫と在宅勤務をしながら一緒に子育てをする期間が1〜2年ほど続きました。
その後、コロナ禍が落ち着いてきた頃に夫がタンザニアに数カ月滞在することになり、ワンオペ育児となりました。その後、夫が自分でアフリカ起業をするとなったタイミングで2人目の産休・育休に入り、私のキャリアの後半は休職と復帰を繰り返す形になりました。
アフリカで起業の相談を受けた際の心境:「まさかアフリカなんて」という戸惑いと、私が選んだ“生存戦略”
━━ 2人目のお子さんが生まれるタイミングで、夫から「アフリカで起業したい、家族みんなでベナンに行こう」と言われたときの率直な心境はいかがでしたか?
弓子:世界を飛び回るタイプの人だとわかっていたのでいつかはそうなるだろうとは思っていました。ただ、米国へ留学していたり、出会った頃はAmazonで働いていたり、結婚前後も欧米に多く出張していたので海外へいくとしても英語圏(北米)もしくは欧州だと思っていたら、斜め上のアフリカというオプションが出てきてびっくりしました。上の子もまだ小さく、下の子がこれから生まれるという時期だったので、最初はかなりの戸惑いと衝撃がありました。
どうするかかなり悩みましたが、幼い子供2人を抱えて東京で仕事に復帰しながら1人でワンオペ育児ができるかと考えたときに、「それはちょっと無理だな」と思ったんです。実家に頼るという選択肢も現実的ではなかった。「家族みんなでついていく」のが必然的な選択でした。
幸い、私には育休がまだ1年ほど残っていました。「下の子が1歳になったらお試しで一度家族でベナンに飛び、もし現地での生活がどうしても合わなければ、私と子供たちだけで日本に帰ってきて復職すればいい」という、自分の中での“逃げ道(オプション)”を確保できたことで、「まずは戻れる場所があるうちに試してみよう」と覚悟を決めることができました。



