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サイエンス

2026.07.11 18:00

鼻の下にある溝「人中」に秘められた人体の神秘

stock.adobe.com

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大半の人は聞いたことがないだろうが、鼻と上唇のあいだにある溝には、れっきとした名前がある──「人中(Philtrum)」という名前だ。

人の顔の中でも目立つ部分の一つだが、これについて考えてみたことがある人は、ほとんどいないのは残念な話だ。なぜなら、人中の成り立ちや、この位置に存在する理由は、脊椎動物に関する生物学のなかでも、とても不思議な物語の一つだからだ。

人中ができる仕組みを理解するには、子宮の中で胎児の顔が発達する過程を知る必要がある。脊椎動物の顔面は、1枚の紙のような組織として発達するわけではない。2008年に『Journal of Experimental Zoology』に掲載された論文によると、人中は、いくつかの特徴的な細胞の集まりが移動して集まってできる(これらの細胞の集まりは顔面隆起[facial prominence]と呼ばれ、複数が別々の領域に存在する)。胚発生の過程で、これらの組織が、異なる方向から間隙を埋めるように成長し、融合して顔面が作り上げられるのだ。

ヒトの場合、この「組み立てプロジェクト」は、主に妊娠第5週から第10週にかけて発生する。このプロジェクトの大半を担うのは、3つの主要な構造だ。1つ目は、顔の中心部分を形成する前頭鼻隆起、そして残り2つは、左右両側から成長していく1対の上顎隆起だ。

これらの3つの組織は、鼻のすぐ下で融合する。その意味で人中は、中心部分と、左右の側面を形成する組織が融合した場所を目に見える形で示す、いわば「痕跡」と言える。

これを理解しやすくするには、左右両側から同時に押されて閉じるジッパーだと考えるといいだろう。つまり、私たちが今、目にしている鼻の下の溝は、このジッパーが顔の中心で合わさった場所、ということになる。

人中は、はるか太古から受け継がれた進化のレガシー

このように、異なる組織が結合して顔面を形成するというアプローチは、人間だけに限ったものではない。実際、脊椎動物がはるか太古から受け継いできたプロセスだ。

サメや魚類、両生類、爬虫類、そしてすべての哺乳類の顔面は、同じ基礎的な発達プログラムを用いて形成される(つまり、いくつかの顔面隆起が移動し、特徴的なパターンで融合するというプログラムだ)。人中や、これと解剖学的に同一の組織は、幅広い脊椎動物に発現する。

多くの動物では、顔の中央にできるこの溝は、ヒトの場合よりも目立ち、明確な機能を果たしている。犬や猫の場合、人中(鼻唇溝)は、口から鼻鏡(外鼻孔の周りにある、湿った無毛の部位)に湿り気を運ぶ仕組みの一部を成しており、嗅覚能力を強化している(つまり、におい分子が発する化学的シグナルを察知しやすくしている)。要するに、濡れた鼻は、より優れたにおいセンサーになるということだ。

ウサギをはじめとする、上唇が割れていて鼻から口にかけての溝が深い動物では、人中にあたる部位はさらに強調されており、エサを食べる時に使う唇の解剖学的構造と直接つながっている。

ヒトの場合は、こうした機能はほぼ失われている。私たちヒトの人中は、生物学者の専門用語を使うなら、痕跡器官だ。より正確に言えば、進化における過去の経緯から保持されてはいるが、もはやかつてと同じ役割を果たしていない、あるいは、以前と比べて機能が減退している器官ということだ。

鼻の下の溝が今でも存在しているのは、これを作り上げる発達プログラムが、はるか昔から存在し、ずっと温存されているからだ。つまり、自然選択が人中を消し去るほど強烈な作用を及ぼしたことがこれまでなかったということだ。

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翻訳=長谷睦/ガリレオ

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