星野リゾートが展開するリゾートホテルブランド「リゾナーレ」。夢中になって楽しみ尽くす「PLAY HARD」をコンセプトに、ターゲットは全世代を謳う。
誕生から15年、誰もを迎え入れるこのブランドはどう育ってきたか。リゾナーレひと筋で働くふたりの"レジェンズ"に会うために、ブランドの始まりの地、リゾナーレ八ヶ岳を訪れた。
サブブランドの輪郭を炙り出す!
連載企画「the LOCAL LEGENDS」
星野リゾートのブランドを語れるのは、代表の星野佳路氏だけではない。各地に展開するサブブランドを背負うスタッフこそが、ブランドの姿をもっとも雄弁に物語るのではないか。本連載では、ブランドの価値観を理解し、その旗印を背負って現場に根を張る人物——ローカルに散らばるブランドの語り部「レジェンズ」たちに取材。各ブランドのエッセンスを抽出したい。
リゾナーレパートは、2人の女性ベテランスタッフを迎える。
ゆるやかなカーブを描きながら、遠くまで伸びる石畳。リゾナーレ八ヶ岳の中心部にあるピーマン通りは5月中旬、色鮮やかに咲くビオラで彩られていた。
春の訪れを告げるリゾナーレ恒例イベントの「回廊の花咲くリゾナーレ」。訪れた人々は花に目をやったり、コーヒーを飲みながらテラス席で談笑したりと、思い思いの時間を過ごしていた。
現在、国内外に8施設あるリゾナーレ。このリゾナーレ八ヶ岳は2001年、星野リゾートが初めて他社から運営を引き継いだ施設であり、軽井沢以外の地へ飛び出した最初の施設でもある。
レジェンズのひとりは、リゾナーレ八ヶ岳勤続18年のベテラン、増田沙希子(以下、増田)。2025年12月からはリテール部門のユニットディレクターを務めている。
生まれ育った八ヶ岳山麓で働きたいと考えていた高校生のころ、前身のホテルの運営を星野リゾートが引き受けたという話を聞いた。当時、星野リゾートが掲げていたビジョンは「日本の観光をヤバくする」。型にとらわれない発想の自由さに強烈に惹かれた増田は、求人がなかったにも関わらず、学校を通じて「なんとか面接だけでもしてほしい」と総支配人に頼み込んだ。
その甲斐あって無事に入社を果たした増田は、他スタッフがブランドや施設を移ることが多いなかでも、八ヶ岳にこだわって働き続けている。
誰も置いていかない「街としてのリゾナーレ」
増田は入社以降、全10ユニット(部門)あるうち、サービスチーム、団体予約、ブライダル、サポートセンター、広報など7つのユニットを経験。多岐にわたる業務を経験した増田は、リゾナーレで働くことを、次のように語る。
「私たちは、リゾナーレを単なるリゾートホテルとして見ていません。お客様が、ホテルに泊まりに来る感覚ではなく、ひとつの街を訪れる感覚で楽しめるように仕掛けていきたい。リテールの役割というと、一般的には商品販売や店舗運営を指すでしょう。しかし私たちは、販売・運営自体を目的にしておらず、あくまで街づくりの一環としてとらえています。当施設で開催するイベントへの考え方も同じです」
実際、リゾナーレ八ヶ岳は、イタリアの巨匠建築家マリオ・ベリーニが「訪れる人々が地上のどこよりも安らげる空間を」と、敷地面積は約7.5haに及ぶ広大な敷地にイタリアの山岳都市に着想を得てデザインされている。ではリゾナーレ的な街とはどのようなものかと、増田に問うと、「誰も置いていかない場所」という。
たとえば、昨年の秋に初開催したイベント、八ヶ岳ワインフェスタはその思想に基づく。前身のワインイベントは5年ほど続いていたが、従来の内容に増田が違和感をもち、リニューアルした。
「以前は、山梨の美味しいワインをお客様に飲んでもらうだけのイベントでした。でもワインは好きな人ばかりではないし、私自身、日常的にワインを嗜む習慣があるわけではありません。しかも、飲むだけならリゾナーレ以外のどこでもできる。それって本当に楽しいイベントなの?と考えたんです」
普段ワインに触れない人にこそ、その良さを知ってほしい。増田はイベントの考え方を根底から捉えなおそうと社内で提起した。「リゾナーレだからこそできることがもっとあるはずだと思いました。ファミリー、夫婦、三世代など、いつ誰が誰と来ても楽しめるのがリゾナーレだと考えています。『誰も置いていかない』は絶対に妥協してはいけないと思いました」。
内容を刷新して開催した「八ヶ岳ワインフェスタ」では、従来行っていたワインの提供に加え、大鍋で煮込んだほうとうを振る舞ったほか、ワイン樽転がしレースなどを盛り込んだ。3日間の開催で、延べ約5,000人が集まり、大盛況に終わったという。
「ワイン樽転がしレースは期間中に宿泊された7割ぐらいのお客様が参加エントリーをしてくれて、想像以上に盛り上がりました。イタリアのトスカーナ地方の伝統的なスープ料理をもとにアレンジた『ワインほうとう』も連日完売。会場となったピーマン通りには大歓声が響き渡り、あらゆる世代の人たちが夢中になって楽しんでくれました。この光景が『私たちの完成させたい街の姿なのだ』と強く実感しました。イベント時だけでなく、毎日のようにこの街の姿がリゾナーレにあることを、これからも絶対に諦めません」
増田は取材中、「諦めない」という言葉を何度も口にした。ワイン樽転がしレースの実現にも、この増田の粘り強さが一役買っていた。
実は当初、ワイン樽転がしレースは参加者の安全面や生産者の心情を配慮する観点から社内で大反対された企画だった。そこで増田は、賛成派のチームメンバーと共に、改めて開催意図や安全性の確保について時間をかけて説得した。さらにワイン生産者たちにも相談を持ちかけ、フェスタに協力する生産者に満場一致の賛同も得るなどして、ようやく社内の合意を得たのだ。
「諦めたら、リゾナーレの街づくりは途中で終わってしまいます。ユニットディレクターという責任ある立場になった今、リゾナーレのブランドを誰よりも体現できる人間でありたい。チームメンバーや後進たちに諦めずに形にしていく姿を見せられるような。細かい性格ですし、周囲からはちょっと面倒な人だと思われているかもしれません(笑)。でも、リゾナーレが続く限り、この姿勢は変わらないです」


樹の上も荒れ地も、人を呼び込み「街」にする
リゾナーレ八ヶ岳を基軸に全国に広がっていったリゾナーレ。八ヶ岳に根を張ってブランドを育ててきたのが増田とすれば、各地施設の立ち上げに関わることでリゾナーレの可能性を全国に広げてきたのが、もうひとりのレジェンズ、松田直子(以下、松田)だ。2005年の入社以降、リゾナーレ八ヶ岳を皮切りに、リゾナーレ熱海、リゾナーレ那須、現在はリゾナーレ大阪で総支配人を務めている。
約20年もの月日をリゾナーレと共に過ごしてきた松田。増田のいう街づくりの思想にはこう共感する。
「滞在のバリエーションが、そのまま街感につながっていると思います。アクティビティやイベントが土地の歴史や文化をベースにしている点も、人が呼び込まれて街が発展していくアプローチとオーバーラップしています」
「リゾナーレ八ヶ岳とは異なり、リゾナーレ熱海は屋外エリアが一切ないビル型の施設。八ヶ岳と同じ規模でアクティビティを考えにくい環境でした。アイデア出しに相当悩み、代表の星野佳路も交えた会話のなかで生まれたのがツリーハウスでした。日本での第一人者の方にも協力を仰ぐことになったのですが、斜面での建設になるので安全性の確保などで作業が難航しました。予定より1年遅れての開業となるのですが、その間に滞在バリエーションを幅広く検討することもできました」
次に勤務したのは、リゾナーレ那須。松田は、施設コンセプトを考案する段階から参画し、コンセプトは農業と観光を組み合わせた旅行スタイルをホテルステイとして提案する『アグリツーリズモ』にまとまった。
松田は開業約半年前に那須へ赴任。「施設の建物はまだ改装中だったため、オフィスは駐車場に設置された2畳ほどのコンテナでした(笑)着任して初仕事は、ホームセンターへ長靴と鍬を買いに行くことでした。」
松田を含めた農作業未経験のスタッフ3名で、朝から晩まで汗を流しながらひたすら土を耕し、草刈りを行う日々を送るなかで、地元農家との交流も深まり、松田自身が農業の楽しさや面白さをたくさん見出していった。それはゲストが体験するアクティビティプログラムを考案する際にも、大きく役立てられた。そのひとつ、ファーマーズレッスンは連日人気のプログラムになっている。
「私たちがバイタリティをもってやり込まないと、本物感は届けられないと感じます。開業前に自分たちで手を動かすのは必要な投資でした。まずは地域の農家の方々を、開業後はお客様をと、コンセプトを基軸にいろんな方々を呼び込みながら、荒地を人が集い、交流する街として発展させていけたように思います」
「本気で、誰にでもいい顔をしたい」
リゾナーレのほか、星野リゾートが2026年現在展開している主要なサブブランドは、星のや、界、OMO(おも)、BEB(ベブ)、LUCYとある。このなかにおいて、リゾナーレはどういうキャラクターだといえるか。増田は「例えるなら『真面目な八方美人』がしっくりきますね」と表現した。
「今のリゾナーレは、単なるファミリーリゾートではないのです。一部のターゲット層だけではなくて、いつ誰が誰と来ても楽しめる過ごし方にこだわっています。その意味で、八方美人。でも、単に皆から好かれるために愛想よくしているわけではありません。あらゆるゲストについて知る必要があるので、ハードルは高いですし中途半端ではいられないのですが、諦めたくはない。とにかく一人も置いていかないんだと、本気で一人一人と向き合って、いろいろなセグメントの方に満足いただけるホテルブランドとして存在していたいのです」
松田に言わせれば、リゾナーレは「さまざまなことに熱心に取り組んで、自ら楽しみを見つけ出すバイタリティの持ち主」。土地ならではのアクティビティや、知識を学べる文化的な体験を“特定の誰か向け”にはしない。「だから懐が深く、ポテンシャルの高さも感じる」と松田は続けた。
八ヶ岳での運営開始から25年、リゾナーレがブランド化されて15年。いつ誰が誰と来ても楽しめるホテルブランドは、何度も訪れるゲストにとっては、家族の歳月を感じられる場所にもなっているという。
前身施設からリゾナーレ八ヶ岳に20年ほど通う家族から「3歳のころから連れてきていた子供が今日レストランでワインを飲んだよ」と嬉しそうにスタッフに話していたり、リゾナーレ熱海のクライミングウォールに毎年挑戦していた女の子が就学前に壁を登り切ったとき、父親が「自分で何かを成し遂げる体験をさせてあげられた」と娘の隣で涙ぐんでいたり。そんな場面が各所で見られるというのだ。
「リゾナーレは、サイズも展開背景も、室数も違うので施設一律で足並み揃えて右向け右の展開はできないのですが、日常から離れたリゾートホテルの豊かな時間を、誰とでも一緒に体験することができる。この場面の多さがリゾナーレらしい光景で、リゾナーレの醍醐味だとも思うのです」(松田)
ますだ・さきこ◎ 山梨県出身。「リゾナーレ八ヶ岳」街並み・外来事業支配人。リテール部門ユニットディレクター。2008年、星野リゾート入社。大好きな地域のためになることがしたい、と考えていた時に、当時「日本の観光をヤバくする。」と掲げていた「星野リゾート」の存在を知り入社。10ユニットあるうちの7ユニット(サービスチーム、団体予約、ブライダル、イルマーレ、サポートセンター、広報、リテール)を経験。その間、3人の子の母となる。仕事においては妥協を一切許さない。数あるユニットを経験する中で、この地域の魅力をもっとたくさんの方々に伝えていきたいと、魅力開発にも精力的に取り組んだ。
まつだ・なおこ◎ 千葉県出身。「リゾナーレ大阪」総支配人。2005年、星野リゾート入社。入社後はリゾナーレ八ヶ岳に配属。その後、2009年から約2年、学習休職制度を利用して渡英。ロンドンでは語学学校に通い、スコットランドではグラスゴー郊外のホテルで住み込みアルバイトを経験。帰国後、リゾナーレ熱海の開業に従事し、アクティビティ開発担当として約8年勤務。その後、リゾナーレ那須の開業に従事、総支配人を務める。2023年、リゾナーレ大阪の総支配人として着任し、現在に至る。




