イヌを飼っている人はたいてい、愛犬が自分を追いかけてきたり、べったりくっついたりしてくるのは愛情の証しだと思い込んでいる。飼い主が動けば、部屋から部屋へとついて回り、ドアを閉めれば、その前で出てくるのを待ち、ソファに腰を下ろした瞬間にさっと足元にやってくる──こうした姿を見れば、飼い主が好きでたまらないからだ、と考えたくなるのも無理はない。ただしこの解釈は、完全な間違いではないにせよ、非常に表面的であり、その裏側には多くのことが潜んでいる。
イヌのそうした行動は、家庭内では愛情表現に思える。しかし生物学的に言えば、イヌという種が生まれる前から存在してきた社会的構造の発現だ。この社会的構造は、家畜化という事象が起こるはるか以前、群れで狩りをするオオカミにおいて形成された。そして、オオカミから分岐してイヌが生まれ、人間と暮らすようになってからも、自然選択によって消失することなく残っている。
この社会的構造とはどういうもので、なぜ残っているのかを理解するには、家畜化されたイヌの祖先であるオオカミまでさかのぼる必要がある。
「オオカミの群れにおける義務」を受け継いだイヌ
オオカミは、生物学者の言うところの「絶対的な社会的ハンター」、つまり、ただ仲間とともに行動するだけでなく、協調しなければ生き延びることができない動物だ。ヒョウやトラなど単独で狩りをする動物と違って、オオカミはしばしば、自分たちより体格がはるかに大きい獲物を狙う。そして、単独で狩りをするオオカミは、実質的にその能力を十分に発揮することはできない。
何千もの世代にわたって、群れから離れなかったオオカミの個体は生き延び、単独でさまよっていた個体は生き延びることができなかった。この選択圧により、イヌ科に属する動物の脳の根幹には、仲間のそばにいようとする性質が組み込まれた。そばにいることをただ好むのではなく、そうすることが生存のための基本的な行動モードになったのだ。
イヌの脳には、組み込まれたその配線が、そっくりそのまま残っている。ゲノム研究によると、イヌが家畜化されたのは4万年前から1万5000年前の間と推定される(研究手法により諸説ある)。それでも、オオカミの社会的構造は失われることなく、別の目的へと振り替えられた。
オオカミは、自分の群れをよりどころとするが、イヌは人間の家族をよりどころにする。群れの構成は変わったが、群れを追いかけてその中にとどまろうとする衝動的な姿勢は変わらなかった。



