今日、移民をめぐって米国内で交わされている議論を聞いていると、外国出身の優秀な科学人材を確保できることは、米国にとって当然の権利ででもあるかのように考えられているようだ。しかし、本来それは、そうした人たちが米国で歓迎されていると感じられ、コミュニティーの一員として受け入れられ、政府の干渉を受けずに高度な研究に取り組めるようにすることを通じて、各世代の米国人が大切に育んでいくべき恩恵と捉えるべきものだろう。
まとめると、米国は過去100年の大半の期間を通じて技術面の優位性を享受しており、これは米国の強さを支える礎のひとつとなってきた。だが現在、その優位性は国外から挑戦を受けているだけでなく、国内でも試練にさらされている。その行き着く先は、米国の今後の世界的な影響力を大きく左右することになるだろう。
世界トップクラスの公務員制度
19世紀以来、米国の強さを支えてきた3本目の柱は、専門性を備え、能力主義に基づき、政治的中立性を保つ公務員制度の確立である。連邦政府の職員制度は当初、能力よりも政党への忠誠心を重視して構築され、その結果、腐敗し非効率な猟官制(スポイルズ・システム)を生むことになった。この問題を是正するため、米国の歴史を通じてたびたび公務員制度改革が行われ、なかでも最も有名なのは1883年の公務員制度改革法(通称「ペンドルトン法」)だろう。この法律により、連邦職員の一部について、政治的なつながりではなく能力に基づく制度(メリットシステム)のもとで採用や昇進を競うことが義務づけられ、その後対象は連邦職員のほとんどに広げられていった。
完璧とまでは言えなくとも、長年にわたり積み重ねられたこれらの改革を通じて、比較的安定した数で維持される連邦職員で構成され、保健衛生研究や疾病対策から食品・水の安全監視、国際貿易、航空管制、情報(インテリジェンス)まで、多岐にわたる分野で客観的で高度な専門知識を備えた公務員制度が築かれたことを否定するのは難しい。また、特定の政党ではなく公共の利益への奉仕を使命とする、おおむね政治的に中立な官僚からなる職員組織がつくり出された。
だが、状況はここ数年で劇的に悪化した。連邦政府の職員は、(実際には1969年とほぼ同規模にもかかわらず)「組織が肥大化し過ぎている」、「過度にウォーク(woke、意識が高い)」、「大統領の政策課題に反対する『ディープステート』の活動家があまりに多く入り込んでいる」といった攻撃に日常的にさらされている。


