とはいえ、これでスロックの懸念が的外れだと決まったわけではない。5年物の物価連動国債(TIPS、元本や利払いが物価に連動する米国債)の利回りは、投資家が米国債から得るインフレ調整後のリターンを示す指標だが、これが年初から約0.4ポイント上がっている。ただし米国債の利回りは、インフレ期待の変化や連邦準備制度理事会(FRB)の政策、経済成長の見通しなど、さまざまな理由で動くため、そこからAIの影響だけを切り出すのは難しい。話をさらにややこしくしているのが、ケビン・ウォーシュがFRB議長に承認された時期を境に、実質利回りの上昇に弾みがついた点だ。ウォーシュは、一部の投資家が予想していたよりもタカ派的な姿勢を示していた。
ウェリントン・マネジメント(Wellington Management)で債券のポートフォリオを運用するブリジ・クラナも、AI関連の借り入れが今のところ信用市場の他の分野を押しのけているとは考えていない。
もっともクラナも、AIの資金需要が市場の姿を変えつつあることには同意する。ただ彼は、投資家がその証拠を探す場所を間違えているのではないかとみる。AIの影響は、まず社債スプレッドや米国債の利回りに表れるのではなく、株式市場でこそ見えやすくなりつつあるというのが彼の考えだ。
インベスコKBW銀行ETF(運用資産53億ドル[約8533億円])は今年13.7%上昇し、10.2%上がったS&P500を上回った。米大手テクノロジー企業7社を対象とするラウンドヒル・マグニフィセント・セブンETF(運用資産36億ドル[約5796億円])は、横ばいにとどまっている。
クラナによれば、投資家は長らく、マイクロソフト、アマゾン、アルファベット、メタといった企業を、莫大なキャッシュを生み出す一方で負債は比較的少ないことから、際立って安全だとみなしてきた。ところがこれらの企業がAI投資の資金を賄うために借り入れを増やしているため、投資家はかつてほどその財務の強さを信頼しなくなっているのではないかと彼はみる。実際、4社を合わせた負債は3月までの1年間で60%増え、3330億ドル(約53.61兆円)から5330億ドル(約85.81兆円)へと膨らんだ。
彼はまた、AI投資の大部分はプライベートクレジット(private credit、銀行以外の金融機関が企業へ直接融資する仕組み)会社が賄うと多くの投資家が見込んでいたとも述べた。ところが実際には、銀行と公開債券市場が予想以上に大きな役割を担い、その結果、借り入れブームで引き受け手数料や利息収入を稼ぐ機会が銀行に増えている。もっとも、この上昇相場にまだ伸びしろがあると誰もが考えているわけではない。今週、投資銀行オッペンハイマー(Oppenheimer)のアナリストは、ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーを含む複数の大手銀行を格下げし、銀行全体には引き続き強気の見方を保ちつつも、いまはオルタナティブ運用会社の方を選好すると述べた。
AI関連の借り入れによって、政府やほかの企業が資金を調達しにくくなるのかどうかは、まだ判断するには早い。今のところ、そうなっているという証拠はほとんどない。だが、だからといってAIが市場を変えていないわけではない。投資家はただ、その変化を見きわめるために債券市場の外──株式市場へ目を向ければよいだけなのだ。


