そして保守性もある。ただしMREの現場におけるそれは、「頑固」よりも「慎重」に近い。MREはプロジェクト全体が拠り所とする基盤である。半分しかテストしていない材料で基盤を再構築することはしないのだ。
算出の現場に漂う根本的な疑問
これらの問題は何ら決着していない。だからこそ注目に値する。研究室が証明したことと提出書類が受け入れるものとの間のギャップは、物理法則が築いた壁ではなく、業界が下している選択によるものである。AIモデルが改良され、それを使う圧力が高まるにつれ、その選択を維持することは難しくなるだろう。
興味深い争点は、AIが金鉱床を推定できるかどうかではない。証拠が示すのは「できることもあれば、できないこともある」であり、その差は縮まってきている。よって、争点は説明責任をめぐるものだ。AIモデルが鉱山会社の価値を決定する数字を形作り始めたとき、その署名された数字と、その背後にいる人物に何が起こるのか。MREを規定するルールブックは人間の判断のために書かれた。それは今、別の何かによって試されようとしており、アルゴリズムが発言権を得たとき誰が責任を負うのかについては、まだ誰も決めていない。
今のところ、AIとクリギングの境界線は維持されている。AIは金を探すことは歓迎されているが、金を量ることはまだ許されていない。その境界線が動くかどうか、そして誰が提示した条件で動くのか。それが、規制当局がAIをどう定義すべきか頭を悩ませるはるか前から、私たちが注視すべき本質的な動きなのだ。
最後に、これを「技術革新を拒むネオ・ラッダイト(機械打ちこわし運動)的な保守派」対「進歩主義」の対立だと捉えてしまう人にひと言。そうではない。
AIを算出の現場から締め出している鉱山関係者たちは、実際の結果を伴う数字について弁護可能な判断を下しており、モデルが機能することを証明している研究者たちは誠実に科学に向き合っている。両者とも正しい可能性があるのだ。ほぼ準備が整った技術と、まだ説明責任が整っていない技術の間の緊張感こそが、今の鉱業で最も興味深いことであり、それはほとんど誰も読まない提出書類や規則改正の中で解決されるだろう。
真のパラダイムシフトはたいてい、そういう場所に隠れているものだ。プレスリリースではなく、技術仕様書に注目しよう。大手鉱山会社が発表する金のMREがAIモデルに基づいて承認され、QPがそれに署名する日、業界のルールブックは静かにページをめくったことになるだろう。


