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2026.07.13 16:00

「誠実さ」は競争力になるか──WEOYモナコで見た、くら寿司の経営哲学

写真提供 EY

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トランプ米大統領が選んだ「日本代表」は、トヨタでもソニーでもなかった──。

2026年5月に開示された米政府倫理局の証券取引資料によると、同氏が取得した日本企業関連株は、わずか一銘柄であった。その名も「くら寿司USA」。世界最大の経済大国のトップが、なぜ回転寿司チェーンに賭けたのか──。その投資判断を追うと、今の世界で進行するある変化が見えてくる。

実は、くら寿司を「日本代表」に選んだのはトランプ氏だけではない。

世界で最も優れた起業家を毎年決定・表彰する制度、World Entrepreneur Of The Year(WEOY)。会計監査、税務、コンサルティングなどのサービスを提供するプロフェッショナルファームであるEYが主催する、いわば「起業家のアカデミー賞」のような権威あるイベントだ。

毎年5〜6月にモナコ公国で行われるこの祭典。今年2026年は5月26〜29日の日程で開催され、46の国と地域から選ばれた58人の「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」たちが、世界の起業家トップの座を目指し、挑戦した。

(写真提供 EY)
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本大会の「日本代表」に選出されたのが、くら寿司代表取締役社長の田中邦彦であった。

1970年代、酢の営業マンであった田中は、クライアント先である寿司業界の大きな課題に気づいた。それは品質管理が徹底されていないこと、同じ料理でも客によって価格が異なること、そして寿司が一般の日本人にとって決して手頃な食事ではなかったこと──。

そこで、田中は1977年に自ら借金をして寿司店を開業し、業界の常識を覆すゲームチェンジャーとなる。

回転寿司という新しい技術を取り入れ、徹底したコスト管理、そして、利益を圧迫してでも調味料を含むすべての食材から化学調味料、人工甘味料、合成着色料、人工保存料を排除するという明確な姿勢を示した。

また、今でこそ当たり前となったサステナビリティという考え方を早くから徹底。2015年に始めた「一船買い」のプロジェクトでは、漁獲物を丸ごと買い取ることで海洋資源を無駄にせず、魚のすべての部位を活用したメニューを開発した。そして、食べられない部分は養殖用飼料の一部として再利用することで、100%循環型の仕組みを実現した。

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それだけではない。食べ終えた皿をテーブルに積む代わりに、ビリヤードのポケットのような投入口に入れると、5枚ごとに画面上でゲームが始まり、当たりが出ると景品がもらえる「ビッくらポン!」というゲーミフィケーションは、子どもたちに楽しさを提供するだけでなく、皿回収を自動化する特許技術として、人件費削減と業務効率化にも貢献した。

いまやくら寿司の店舗数は、国内外を合わせて713店舗。この店舗数は「回転レーンにお寿司を流す最大の寿司チェーン」としてギネス世界記録にも認定されている。

世界的な和食ブーム。そして、「SUSHI」は世界で最も成功した文化輸出のひとつだ。また、コロナ禍以降、より注目されるようになった健康というテーマ。特に、医療費の増大が社会課題となっているアメリカで、冒頭のトランプ大統領が注目したように、低脂肪かつ高タンパクという寿司は健康課題のひとつのソリューションとして捉えられてもおかしくない。

そんな世界的背景を追い風に、くら寿司は世界最高峰の舞台へと挑んだ。しかし、その挑戦は高く評価されながらも、今回、栄冠を手にするには至らなかった。

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WEOY2026、世界の頂点は

2026年、その世界の頂に立ったのは、アメリカ代表のAstera Labs社 共同創業者であるJitendra Mohan氏、Sanjay Gajendra氏およびCasey Morrison氏の3名であった。

写真提供 EY
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生成AIの誕生から、いまや急速に社会のインフラへと広がっているAI。その次世代のAIイノベーションを実現するために必要不可欠であるデータ転送や処理速度の制約を取り除くため、Astera Labs社はAIデータセンター向けに特化したソフトウェア定義のコネクティビティソリューションの開発を手掛けている。

アメリカ発のスタートアップらしく、シリコンバレーの小さなガレージでスタートした同社。創業から約10年の時を経て、Astera Labsは世界中に13の拠点を有し、1000名以上の従業員を擁するまでに成長した。時価総額は540億ドルに達した。

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左:Sanjay Gajendra氏 右:Jitendra Mohan氏 (写真提供 EY)

「実は、この審査の中で、私はあるひとつの気づきを得ました」。優勝者コメントの中で、Astera Labs創業者のひとりは次のように発言した。

「審査員から私たちに繰り返し尋ねられた質問は、『あなたたちの目的は何なのか』そして、『どんなインパクトを創造しているのか』ということでした。率直に言うと、私たちは公開企業なので、会社について話すことに慣れていますが、私たちが何を目的としているのかについては、あまり語ってこなかったのです」

そして、その目的を子ども時代を振り返ることで再発見したという。

「インドでの幼少期、裕福な環境ではない中、母が家計のために洋服を縫っていました。その稼いだ金額ではなく、母が手にした『自立』というものを見て、私の中で起業家精神の火種が生まれたんです。Astera Labsを創業した時も根底にあったのは同じ思いです。自分たちの価値観を心に体現できる仕事をしたい。そして経済的な自立をし、自分たちの信じる道を歩みたかった。では、経済的な自立を得た今、私たちに投げかけられている新たな問い『この自立を手にした今、私たちは何ができるのか?』。これこそが私たちの使命だと思うんです」

彼は今、AIラックやシステム開発によって、これまで先端技術へのアクセスが限られた国々にも新たな可能性を提供していきたいと考えている。また、高校生たちにAI時代に備えるための教育も行っている。そのように次世代に新たな起業家精神の火を灯し続け、彼らと同じように自らの物語を世界で紡いでいくことを願っている。

起業家コミュニティとしてのWEOY

世界一の起業家を決めるコンペティション──。WEOYはそんな世界的な表彰イベントであることは間違いない。しかしまた、参加した起業家たちが数々のセッションや交流を通じ、互いから学び、自らを高める場としても機能している。だからこそ、自身がウィナーとして参加する年だけでなく、幾度もこのモナコの地に足を運び、沢山の刺激やビジネスの機会を持ち帰る起業家も少なくない。

2026年もまた、日本からはくら寿司の田中だけでなく、獺祭の桜井博志会長(2021年度日本代表)や仏ボルドーやシャンパーニュ、ブルゴーニュ地方のブドウ畑をささえる乗用草刈機を開発・展開するオーレック代表取締役社長の今村健二(EOY2025 JAPAN「Regional Vitalization Leader」部門大賞)も参加した。

今村はこのイベントの感想をこう漏らす。

「こうして世界で活躍している人から刺激を受け、また、刺激を与え、互いに頑張っていけるような場としてのWEOYは大変いい経験になりました。この年になっても強いインパクトや刺激を受けることができる。そして、よし、またやろう、という気持ちを新たにした。日本にいるとどうしても業界の中だけにいて、井の中の蛙になってしまいますよね。そういう意味では、ここに来ることができて非常に良かった」

Sincerity(誠実さ)という日本の武器

冒頭の話に戻そう。なぜ、くら寿司は米大統領に選ばれたのか。

まさに今回のウィナーが示すように、近年の株式市場は、確かにAI、データセンター、半導体一色である。しかし、興味深いことに、米大統領が唯一選んだ日本企業銘柄「くら寿司USA」と、トランプ氏の共通点は、同氏がこれまで好んで扱ってきた不動産やホテルといった「リアルアセット」という事実だ。

AIは今後益々、世界において欠かすことのできぬインフラになっていくだろう。しかし我々は、本能的にAIで代替されない価値や体験をも同時に求めている。AIの出現でそれらのリアルな価値をより一層意識し出したと言ってもいい。では、その人間が求める本能の先頭に立つものは何であろうか。恐らく、誰かと食事をしたり、家族と時間を過ごしたり、五感で楽しむという体験価値が挙げられるのではないか。まさに、くら寿司はそんなリアルな体験を提供することで、AI時代が進行する中、選び抜かれたのである。

写真提供 EY
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そのくら寿司の田中がWEOYの会期中、様々なところで頻繁に使っていた言葉がある。それが、「sincerity(誠実さ)」という単語だ。

「起業とはそもそも創造の行為です。サービス業における最大の使命は、人に喜びをもたらすこと。人に尽くすことが、常に最優先でなければなりません。そしてそのために、『見えないところを大切にする』という日本の伝統的価値観が重要なのです。日本文化は非常にわかりづらく、特異なところがあります。しかし、庶民の間でも、お天道様が見ているというように日本人には『誠実さ』という美意識がある。こういうものが世界に共有されていけば、世界はきっと大きく変わるのではないでしょうか」

くら寿司の田中が体現する日本人の「誠実さ」。それは世界の偉大なる起業家たちが一堂に会したここモナコの地で約45年前に亡くなったグレース・ケリー公妃が奇しくも指摘している。

モナコ公国王妃は1981年4月、日本の桂離宮を訪れた。その時、「ただ月を眺めるだけのために、竹で縁側を作るとは、なんて素敵なセンスでしょう」と驚いたという。そして、さらにこうも付け加えている。「優しさ、礼儀、美、敬愛といった美徳を日本が失わずにいることを世界中が切望しています」。(『グレース・ケリーの言葉 その内なる美しさ』(PHP文庫))

一見、「誠実さ」は経営において直接的に関係するものでないともいえる。しかし、田中が繰り返し述べていたように、「誠実さ」は関係者からの信頼を構築し、その企業の社格、組織文化となり、長期的なブランドにつながる。利益を生む直接的な技術ではないかもしれないが、経営者にとって、長期的に功を収められる重要なキーとなる。

考えてもみれば、日本企業は古くから、数字や効率だけでは測れない「誠実さ」という見えない価値を大切にしてきた。その積み重ねが、世界でも類を見ないほど多くの長寿企業を生み出してきた理由のひとつであろう。

今回の旅で田中と時を共にした世界の起業家たちが、口にしていた日本に対する「リスペクト」という言葉。これは事業の大きさや成長力だけではない、田中の大切にする「誠実さ」への称賛であったように彼らの傍らで話を聞いていて感じることが少なくなかった。

今回のWEOYを通じ、くら寿司の田中が示したのは、単なる経営手法ではない。変化の激しい時代だからこそ見失ってはならない、日本企業の根底に流れる精神の重要性だったのではないだろうか。


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