それまでハングルと英語がメインだった街頭の景観が、ヤンコチ通りに入ると、ハングルと中国語簡体字になる。そのくせ、さらに1本通りを外すと、再び普通の韓国の飲食街に戻るという具合である。
ガチ中華の店はヤンコチ通りの1本北の通称「建大ロデオ通り」にも多く、またこの2つの通りを交差して南北に紫陽方面に向かって延びる「Tukseom-ro27-gil」という細い通りにもぎっしりガチ中華や中国食材店、旅行会社などが並んでいる。
とりわけそこは中国の地方都市の街角が、突如、ソウルの中心部に出現したような異次元スポットなのである。
ところが、その建大ロデオ通りを西に向かって10分ほど歩くと、いまソウルで最も若者に人気といわれる聖水(ソンス)という地区がある。
そこは、国内外のファッション企業やK-POPアーティストのポップアップストアが期間限定で登場し、連日若者で行列ができ、海外から来た若い観光客であふれている街で、それがガチ中華ストリートに隣り合わせのようにあることも面白い(このあたりはもともと工場の多い地区だったと聞く。それが再開発され、かたちを変えてそれぞれ生まれ変わったのだ)。
なぜソウルではヤンコチ通りのようなガチ中華ストリートが形成されていくのだろうか。
日本ではガチ中華が通りをほぼ占めているというような光景は見たことがない。東京では、雑居ビルの1つのテナントが空くと、そこにポツポツとガチ中華が入店してくることで増殖しているというイメージだが、ソウルでは通りが丸ごとガチ中華ストリートに取って代わっているかのようなのだ。
出店店舗を眺めると、チャイナタウンである大林のコラムで述べたように、日本に比べ、中国各地の地方料理に関しては、どうやらバリエーションは乏しいようだ。
まれに日本にはまだ出店されていない中国の飲食チェーンや、河南料理や湖南料理のような珍しい地方料理の店も見つけたが、基本的に東北料理の店が多いのは、韓国の中国籍移民の約7割がその地に住む「在外同胞」の朝鮮族の人たちであることが理由だろう。
以前「なぜ東京に中国東北料理店が多いのか? 戦後80年とガチ中華の関係」というコラムでも書いたように、中国の東北料理が多いのは日本と同じだが、日本とはまた異なる地理的や政治的、歴史的な背景からソウル独自のガチ中華の出店状況が生まれているのである。
それと、中国の南方地方の店は少ないようだ。それは改めて次回以降で触れるつもりだが、韓国に移住してくる華僑の主な出身地は伝統的に黄海を隔てて対岸にある山東省であることが理由だろう(日本の場合は、中国全土のさまざまな地域から来日しているので、地方料理のバリエーションも豊富なのである)。


