「本書でも述べましたが、私は歴史を80年周期という時間の流れでとらえています。例えば日本の場合、明治維新(1868年)から約40年は、明治政府の富国強兵策で国力を急上昇させ、そのピークとなった日露戦争(1904~05年)でバルチック艦隊を破る。ここまでが上昇期です。その後の40年は下降期で、太平洋戦争の敗戦(1945年)がどん底。ここで“ご破算”となる。40年かけて上昇し、40年かけて下降するという80年周期になっている。だから戦後の40年はまた上昇のターンで、高度経済成長を経てバブル絶頂期(1985~89年)を迎えますが、バブルが崩壊して、また下降期、つまり『失われた30年』へと入っていく。この下降のターンは戦後80年となる2025年で終わったと見ています。長らく3万円の壁を突破できなかった日経平均が25年に5万円を超えたのは、その象徴だったと思います」
明治維新から敗戦までの80年、戦後から現在に至るまでの80年という2つのサイクルは、日本にとって「模倣と成長」、そして「成熟と停滞」の入り混じった「複雑な時間だった」と阿部は指摘する。「特に直近の40年間は、強い者が勝つ、効率がすべてを支配する、市場こそが正義である──まさに『アメリカ一極集中』と『市場原理主義』が絶対的な価値観として君臨した時代でした。それは盤石なシステムに見えましたが、ここに来て、“綻び”の兆しが見えてきた。世界はアメリカ一極集中を脱して多極化の時代へと向かいつつある。この混沌とした世界において、各極をつなぎ、世界の蝶番の役割を担うことができる国は、日本しかないと僕は思っているんです」
ここで阿部が示したのが下記の図「主要耐久消費財の世帯普及率の推移」だ。

「これはテレビや自動車、エアコン、スマホなどの主要な耐久消費財がどれくらい世界で普及しているかを示したものです。いずれも、人類にインパクトを与えたコンパウンドグロースの産物といえますが、最新のプロダクトであるスマホでさえ、すでに飽和状態です。世界が新たなプロダクトを求めていることは明らかです」
新たなプロダクトとなるものは、コンパウンドグロースの象徴でもある。
「デジタル技術(AI)だけでは環境問題や人口減少といった現実の社会課題は解決できませんよね。これらを解決するには自動運転車だったりロボットだったり実体をもったプロダクトと組み合わせることが不可欠です。じゃあ今、どの国がそれをつくれるかといえば、僕は製造業の基盤が残っている国だろうと思っています」
1990年代以降、グローバリズムの潮流のなかで欧米企業、特にアメリカにおいては、ソフトウェア・IT産業への極端なシフトが進み、製造業は労働力の安い中国など海外に移管された。そのため国内に「モノづくり」の基盤自体が残っていない。その中国も人件費が高騰し、製造業が他国へ移ろうとしている。だが、日本はそうはならなかった。
「これは日本企業の特徴だと思いますが、不採算事業であっても、とにかく人と技術を捨てない。『技術は人に宿る』──人を切り捨てたら、それと一緒に技術も消滅することをよくわかっていたのだと思います。例えば三菱重工にしても、コングロマリットとして複数事業をもっていることを2010年代は株式市場からわかりにくいと批判されていましたが、それでもほとんど撤退していません。撤退したのは、MRJの商業用ジェット機(2020年)、工作機械(21年)、新聞印刷機(24年)、フォークリフト(25年)の4つぐらいしかない。事業としての利益率の低さを、ポートフォリオの見せ方を変えることでカバーして、経営努力で技術を守ってきたわけです」


