150万人を超えるユーザーに支持される「Backlog」などを手がける福岡発のソフトウェア企業、ヌーラボ。管理ツールが乱立し、効率化に重点が置かれる昨今で、ヌーラボが愛され続ける理由は、「働く楽しさ」を追求してきたから。
プロジェクト・タスク管理ツールに蓄積された膨大な業務データにAIを掛け合わせ、新たな価値を生み出す――「ナレッジプラットフォーマー」への進化を描く同社の構想に迫る。
「使っていたタスク管理ツールは『仕事をやらされている感』がつらかったので、自分たちで理想のツールを作ろうと思ったんですよ」。
当時、システムの受託開発をメインで担っていたヌーラボ。CEO・橋本 正徳の「ワクワクするような使い心地を実現したい」という想いがプロジェクト・タスク管理ツール「Backlog」の開発起点だ。自社で使い始めると業務効率は劇的に改善された。
「この価値を外部にも提供したいと考えフリーサービスとして公開したところ、1年後には約5,000アカウントが作成されるほどの反響がありました」(橋本)
2005年に商用版をリリース。今や有料契約数15,000件、ユーザー数150万人以上を抱え、日本発の管理ツールとして独自のポジションを確立している。
強い想いから生まれた「スペース課金」
Backlogが多くのユーザーに愛される秘訣は、まずプロダクトにあると橋本は分析する。シンプルでITリテラシーの差が出にくいUI設計により導入障壁が低い。リリース当初はエンジニアが主なユーザーだったが、プロジェクトに関わるデザイナー、バックオフィス、営業など、職種を超えて波及していった。
その広がりを支えたのが、「スペース課金モデル」だ。
Backlogは、複数人での利用を前提にしているため、料金形態も、ユーザー数に応じた従量課金ではなく、組織単位で課金する「スペース課金モデル」を採用している。追加コストなしで使えるため、関係者を気兼ねなく招き入れられる。結果として、ユーザーが次のユーザーを呼び込む独自の成長サイクルが生まれた。
「従量課金ではメンバー追加のたびにコストへの心理的障壁が生まれます。スペース課金なら、コストを気にせず関係者を招待できる。コラボレーションを促進したい、という強い想いがありました」(橋本)
この設計が、利用者のネットワークを自然に広げていく。同時に、ユーザー課金型が一般的なSaaSとは収益モデルが異なるため、人数の増減に左右されにくい、安定した収益基盤を、ヌーラボにもたらしている。
「遊び心のあるデザインに加え、地道な基盤強化にも注力してきました。職種を超えて誰もが抱える『仕事の管理』という課題に、正面から向き合ってきた自負があります」(橋本)
そして、ヌーラボにはさらなる飛躍の勝ち筋がある。顧客が日々の業務のなかで「Backlog」に登録してきたタスクは、AI時代には「貴重な業務データ」となる。そのデータがAI活用によるさらなる価値提供の源泉となるのだ。
AI時代に見据える次の成長戦略
ヌーラボは2026年6月22日に発表した中期経営計画のなかで、まずFY29(2029年3月期)に売上高70億円・営業利益率25%超の達成という具体的な数字を掲げた。そしてその先に見据えるのが「2031年に売上高100億円」。
これは目標ではなく、SaaS企業として標準的な成長率を維持した場合の着地予測であり、根拠の明確な「見えている」数字だと橋本はいう。
「かつてクラウドという技術革新が背中を押してくれたように、いまはAIという巨大な波が来ています。この状況は、Backlogを立ち上げた創業期の熱量と非常によく似ています」(橋本)
その「次のステージ」への地盤として、同社は組織体制を一新。COOの小川淳、CPOの中島成一朗を取締役に選任。プロダクト開発とビジネスオペレーションの意思決定を、経営レベルで直結させる体制へと移行したのだ。
新体制が打ち出した戦略は、「既存プロダクトの持続的な成長」「AIナレッジ基盤の構築」「BPOや物理デバイスを含む非SaaS事業の創出」という三本柱から成る。加えて、シナジーの見込める企業を対象に3年で3社ペースのM&Aによる非連続な成長も視野に入れる。
「既存プロダクトの持続的な成長」として、新戦略の口火を切ったのは、2026年3月に提供を開始した「Backlog AIアシスタント」。最大の特徴は、仕事を進める過程でBacklogに蓄積された“組織の思考・行動・意思決定の履歴”をAIが活用できる点にある。
組織内の人材のつながりを可視化し、個々のスキルや経験を分析して最適なプロジェクトメンバーを提案するほか、過去の実績に基づく遅延予測や、営業の商談内容分析までを可能にしており、ユーザーから高い評価を得ている。
「いまのAI機能は要約や検索といった効率化が主流です。しかし私たちは『AIが仕事を代替したとき、人間に残る価値とは何か』という問いを大切にしている。人がワクワクしながら働くための解を見つけること――それが私たちのソリューションの核心です」(中島)
さらに新プロダクト「Nulab Flowbase」の提供も2026年6月より開始した。AIと対話を通じて業務フローが自動生成され、誰をアサインすべきかまでスムーズに決まる。Backlogと連携すれば、進捗状況も難なく可視化される。
「社外までも巻き込み、あらゆる仕事が可視化されます。見えないストレスを解消し、本来やりたかった仕事にフォーカスできる環境をつくります」(中島)
ここで効いてくるのが、これまで積み重ねてきたデータの厚みだ。
「ホリゾンタルSaaSとして、業種を限定しない膨大なデータが蓄積できる基盤を設計してきました。職域を越えたプラットフォームの重要性は、これまでの日本のSaaS業界では注目されてこなかった。蓄積されたデータにAIを掛け合わせれば、日本の産業全体に革命を起こすような大きなレバレッジを効かせられると確信しています」(中島)
そして「コラボレーションを促進したい」という思いから生まれたスペース課金は、組織全体のナレッジを一カ所に集める“仕掛け”でもあった。誰もが気兼ねなく参加するからこそ、組織の意思決定の履歴がまるごとBacklogに残る。そのナレッジこそが、AI時代の競争優位の源泉になる。
この資産は、三本目の柱「非SaaS事業」にも接続される。高性能な集音器で会議の音声を収集し、AIが自動で課題を抽出してBacklogへ直接タスク登録する――そんなハードウェアの開発も検討が進んでいるという。
これらを通じて、同社が見据えるのはAI時代の「ナレッジプラットフォーム」だ。
「Backlog」は、自然と業務データが蓄積されていく"基盤"となってきた。今後は、データが、より広く集まり、束ねられ、多方面へと連携できる仕組みづくりを通じて、さらなる価値を提供していくという。
「今後は、単なるプロジェクト・タスク管理ツールの枠を越え、ナレッジプラットフォーマーへと進化しなければならない。21年の実績がもたらした業務データ基盤やコミュニケーションスタイルは、他社には真似のできない資産です」(中島)
この進化は、市場そのものを押し広げる。COOの小川は、AIシフトをヌーラボにとっての大きな転機と捉えている。
「これまで多くの企業にご利用いただいてきましたが、私個人としては、まだ一部の層にしか届いていないと感じています。とくに大規模な組織には、普及の余地がまだまだ残されている」(小川)
AIの導入により、管理職・経営層が直接的なターゲットに浮かび上がった。作業をデジタルに置き換える領域を超え、企業の意思決定という文脈にまで踏み込んでいく。プロダクトの力で自然に伸びるPLGを主軸としつつ、より戦略的なアプローチも強化する。その一環が、行政・公共機関の開拓だ。
「すでに数百の自治体でBacklogが活用されていますが、潜在的な需要はその10倍以上あると見ています。行政機関がより安心して導入できるよう、政府の情報システムセキュリティ評価制度(ISMAP)の登録に向けた対応も開始しました。現場での個別利用から、組織全体での公式な導入へとつなげていきます」(小川)
ヌーラボが掲げるミッションは「To make creating simple and enjoyable」。その根底にあるのは、人がより創造的に働ける社会を実現したいという思想だ。
「かつての自分のように、仕事に喜びを感じられずにいる人々に我々のソリューションを届けたい。私たちが努力を続ければ、やがて日本全体の働き方も変わっていくと考えている」(橋本)
プロジェクト・タスク管理ツールの枠を越え、ナレッジプラットフォーマーへ――。ヌーラボの挑戦は、日本の働き方そのものを書き換える次のステージへと踏み出していく。



