ロボット・DX導入 アナログ強みにデジタルを掛け算

学生らとの協業で、機械設計の現場に監視・マッピング用のロボットが導入されていた。工場の「デジタルツイン」化を掲げ、将来的には生産ラインの最適化や遠隔保守も視野に入れているという。
「伝統を捨てるのではなく、伝統を強みにデジタルを掛け算する」という姿勢こそ、現代の“メイド・イン・ジャパン”の可能性を象徴している。
銀行員から町工場へ「坊ちゃんが工場をわかるのか」
川上が家業に戻ったのは8年前。銀行での経験を武器に、町工場に新たな風を吹き込もうと工場に入った。しかし、待ち受けていたのは想像以上に冷たい現実だった。
「銀行出身の坊ちゃんに、この現場が理解できるのか?」
そんな空気が、工場全体に漂っていた。
乾麺を結束する専用機の設計を任されたものの、機械工学も制御も未経験。部品の役割も、工場の“勘”も理解できず、従業員の視線だけが鋭かった。
深夜に図面と格闘して涙 「生産効率が上がった」との声
善大氏は、誰に頼ることもせず、ただひたすら独学で図面と向き合った。
「夜遅くまで一人で図面と格闘して、動かない機械を前に涙が出たこともありました」
設計しても、試作品は破損。一から組み直し、また壊れる。その繰り返しが続いた。華やかにも見える「アトツギ」の世界とは真逆の、泥臭い現場の学び。だがその孤独な時間こそ、善大氏を技術者へと成長させる“圧力鍋”だった。

折れそうな心を支えたのは、納品先の工場から届く一言だった。
「生産効率が上がった。ありがとう」
その一言に、善大氏は自分の挑戦が無駄ではなかったと気づかされる。机上の数字を扱うことが多かった銀行員時代では得られなかった、「ものをつくる人間が誰かの役に立つ」という実感だった。
多様性の受け入れ 誰もが活躍できる現場をつくる
そんな善大氏には、理想の工場の形がある。男女、年齢、国籍、障がいの有無──川上製作所では「誰もが活躍できる場づくり」を進めている。今月からは、精神的な特性を持つ方のB型就労支援をはじめ、シニア層や外国籍、学生、ロボットまで混在する“共創工場”を実現しようとしている。
「世界に“こんな町工場”があるんだ、じゃあ自分にもできるかもと思ってもらえたら、日本の産業はまた盛り上がる」と善大氏。その言葉には、地方から世界へ向けた強い覚悟が込められていた。

100年企業への道 泥臭さが武器になる
「3歩進んで2歩下がってもいい。お客さまのかゆいところに手が届くようにしよう」という先代であり、父親の教えが、社内に深く根付いている。泥臭くても、地道に顧客の要望を拾い、応える姿勢が信頼の基礎をつくってきた。銀行員という異色のキャリアから家業に戻った善大氏は、プロトタイプを破壊し、夜中に図面を描き直す日々を経験。その痛みと成長の裏側こそが、未来をつくるエネルギーになっている。
「100年企業になるには、多様な人材が当たり前に活躍し、技術と人材の両面で刷新し続けることだと思っています」と善大氏。町工場が示すその姿は、地方創生・産業再生のヒントとしても映る。


