人が寝言を言うのはなぜか?
科学の世界では、「睡眠時の発話」が進化してきた(あるいはいまだに残っている)理由について、単一の誰もが納得する答えはいまだに出ていない。しかし、かなり確実な根拠を持つ仮説はいくつかあり、それぞれが、寝言という現象の全体像の異なる部分にスポットライトを当てている。
1つ目の「記憶の固定」仮説は、睡眠時の発話は、脳が夜のあいだに行う記憶処理の副産物、さらにはシグナルだと主張している。
2019年に『Sleep Medicine Reviews』に掲載されたレビュー論文は、睡眠中の発話について、最近学んだ情報を再生するのに関係する、心理言語回路の活性化を反映しているという説を唱えた。これは、睡眠時の発話を、エピソード記憶(事象に関する記憶)と宣言的記憶(declarative memory:言葉で説明できる記憶)の統合を垣間見せる「窓」のようなものとしてとらえるものだ。
関連する研究に挙げられていた顕著な事例では、レム睡眠中に体が動き出してしまう「レム睡眠行動障害」の患者が、寝ているあいだに発したフレーズが、寝る前に学習していたフレーズと一語一句同じではなかったものの、意味的に関連していた、というものがあった。これはいわば、脳の「ファイリングシステム」が、無意識のうちに声に出して読み上げられた例だろう。
2つ目の仮説は、神経科学者アンティ・レヴォンスオが展開している「脅威シミュレーション」説だ。これは睡眠中の発話という現象を、より広い進化の枠組みによって解明しようとするものだ。レヴォンスオは、夢を見る行為そのものが、太古に生まれた生物学的防御メカニズムであり、睡眠中に脅威の認知および回避を予行演習すべく、自然選択によって形作られたという説を提唱している。
この仮説を検証するために実施された、繰り返し見る夢に関する212件の報告を用いた研究では、全体の66%で、少なくとも1回は脅威を感じるシーンが含まれていた。こうした夢を見ている者は、防御的、あるいは回避的な行動でこれに応じることが多かったという。
眠っている脳が、捕食者やライバル、社会的危険などの敵に襲われた場合に備えてシミュレーションをしているのなら、寝言に否定的な言葉や拒絶、攻撃的な言動がみられることも、進化によるものとして筋が通っているように見えてくる。つまり、寝言の「だめ」は、気まぐれに発せられた言葉ではないということだ。「だめ」は、人間の語彙の中でも、先祖代々、予行演習で最も使われてきた単語である可能性も出てくる。


