小山薫堂(以下、小山):僕、岩佐さんが編集長をされている雑誌『自遊人』をよく読んでいたんです。忘れられないのが「里山十帖プロジェクト」。新潟の小さな出版社が廃業した旅館を引き取って経営に乗り出すという連載が始まったとき、なんて無謀な挑戦をするんだろうと(笑)。
岩佐十良(以下、岩佐):確かに無謀でした。2012年5月14日に電話がかかってきて、5月末までに引き受けるかどうかの回答を迫られて......。人生最大の決断でしたね。
小山:もともと宿をやりたいお気持ちはあったんですか?
岩佐:弊社は雑誌、米づくり、地域の農産物を販売するオンラインサイトと、順々に手がけていった会社でして、宿泊施設であればライフスタイルを総合的に提案できるなとは思っていたんです。
小山:いま何軒、経営されているんですか。
岩佐:経営は4軒。そのうちオーナーも兼ねているのが2軒です。
小山:僕も京都の老舗割烹「下鴨茶寮」を経営していますが、実は宿泊もやりたかったんです。でも、風致地区だからできなくて。宿の経営では何が大変ですか。
岩佐:収益と、24時間体制でのスタッフの確保、投資回収の時間の長さですね。
小山:それでもやるのは、楽しいから?
岩佐:やはり提案できるものがたくさんあるんですよ。食、住、自然環境、癒やし、遊び、健康......。いろんな観点からさまざまなことを感じていただけるので、やりがいがあるし、本当に楽しいです。
小山:ターゲットはどのようにお考えですか。思い切りラグジュアリーな方向にするのか、若い人でも背伸びすれば行ける場所をつくるのか、最初から決めますか。
岩佐:実はそこはあまり深く考えていなくて、共感して来てくださる方がいたらそれがいちばんかなと。とはいえ、宿泊料はお客さまへ提供したいものや人件費をしっかり考えると、必然的に上がってくる。そのうえで、どうやればお客さまが来てくださるか、どうしたらこの価格で納得していただけるか、日々、頭を悩ませています。
小山:不躾な質問ですが、始めたときはかなりの額の借金をされたんですよね。躊躇はなかったですか?
岩佐:いやいや、本当に怖かったですよ。当時は「地方創生」という言葉もなかったし、旅館業をやったことのない人間にお金を貸すなんて有りえなかった。一応、借りられましたが、途中で予算を数千万円ほどオーバーしてしまい、「これ以上は融資しない」と銀行から言われてしまって。リニューアル工事が着々と進む宿の太い梁はりを見上げながら、「俺はここで首を吊って死ぬかもしれない」と思ったほどです(笑)。
小山:どうやって乗り切ったのですか。
岩佐:ありがたいことに業者の方が支払いを待ってくださって。完済したとき、「本当に払えたね」とみんな喜んでくれました。