幼児体験が影を落とす「チャウシェスクの落とし子」

イラストレーション=ichiraku / 岡村亮太

1960年代後半、チャウシェスク政権下のルーマニアではストリートチルドレンが溢れていた。愛情を受け取れずに育った子どもたちは、その後どうなるのか。


最近の相次ぐ児童虐待事件を受け、親の懲戒権が見直され、体罰禁止が法制化されるかもしれない。“しつけ”と言いつつも、実は虐待しているケースに対しては警鐘が必要だ。しかし、親から引き離されて保護される子どもの数が急増するかもしれない。

私がかつてアメリカに住んでいたころ、子どもの泣き声がすると隣人に通報され、すぐに子どもが保護施設に隔離されてしまうという話を聞いたことがあった。親から引き離され、児童養護施設にあずけられる子どもの数が急増したらどうなるか?「チャウシェスクの落とし子」が思い浮かぶ。

1960年代後半、ルーマニア社会主義共和国の国家元首となったチャウシェスクは人工妊娠中絶や離婚を禁止。その結果、ルーマニアの人口は増えたが、貧困と育児放棄によって産後間もなく養護施設に引き取られる子どもも増えた。

その施設の衛生状態は悪く、食事もろくに与えられない。愛情を知らずに育った子どもたちが、道端にあふれた。

悲惨な状況にある施設の子どもたちの様子が日本でも報道された。ガリガリにやせた大勢の子どもたち。うつろな表情。思い出すたび心が痛む。運のいい0〜3歳の乳幼児は、イギリスなどの裕福な家庭に養子として引き取られていった。

その後の彼らはどうなったのだろう?

イギリスの研究チームが、施設に6カ月以上入所した子ども98人、6カ月未満入所した子ども66人、施設に入らずイギリス国内で養子として引き取られた子ども52人を20年以上追跡比較している。6カ月未満の子どもでは他の養子と変わらずに成長した。

一方、6カ月以上あずけられた子どもにはあたかも自閉症のような症状がみられ、見知らぬ人にまったく警戒心を抱かずに接近する、不注意で多動といった症状が成人期まで一貫してみられた。

しかし最も注目するべきは、抑うつ気分、悲しい気持ち、社交不安といった負の感情が20歳を過ぎて突然、顕在化している点だ。この影響で失業率は36%、心療内科受診率も43%と明らかに高い。

逆に、親子分離が6カ月以内であり、里親が育児を引き継げば、子どもは問題なく育ち、失業率も10%であった。

発達心理学の教科書をひもとくと「このもっとも感受性の高い時期は、子どもが安定した情緒的関係を築きつつある時期であり、それはおよそ6カ月から2歳頃までであろう。

この時期に母親(養育者)との関係が断ち切られてしまうと、その影響は後々まで外傷体験として残る」と記されている。

現代の日本と冷戦時代のルーマニアでは状況がまったく異なる。虐待を受けた子どもは施設で保護されるべきだ。

しかし、日本では児童相談所・児童養護施設のスタッフ数が不足しているという問題を抱えている。私の不安が、取り越し苦労であればよいのだが。


うらしま・みつよし◎1962年生まれ。東京慈恵会医大卒。小児科医として小児がん医療に献身。ハーバード大大学院にて予防医学・危機管理を修了し実践中。

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