大小の大会が一年中開催され、世界中から社交ダンスをたしなむ紳士淑女が集まるブラックプールだが、毎年8月の最初の週末だけは、会場周辺に異様な光景が繰り広げられる。色鮮やかなモヒカンにタトゥー、ピアスに派手な服装というパンクスたちが世界中から終結する。ここは、パンクロックの世界最大の祭典『レベリオンフェスティバル』の開催会場でもあるのだ。
今年は8月3日から6日まで4日間に渡って、7つのステージで、計400近くのバンドが演奏して、参加者はのべ2万人。そこかしこでバーカウンターがあり、ビールが飛ぶように売れている。
英語に加え、ドイツ語、フランス語、イタリア語が飛び交う会場は国際色豊かだが、同時に目立つのは、その年齢の高さだ。しわくちゃの顔に、腕や首に入れられたタトウーは艶を失い、杖をつき、車椅子など老人の部類に入るパンクスも多い。ハゲ頭でモヒカンが立てられないのか、落ち武者頭を無理に逆立てている強者もいる。
このフェスの関係者である森永ゆうこさんに話を聞いた。
「76年に誕生したパンクロックも今年で41年目。ピストルズなどを通過した世代はすでに60代に入っています。不摂生な生活や肥満が原因なんでしょう。ステージで倒れて救急車で運ばれた経験があるバンドもいます。高齢者は多いです。実は私の夫も出演してますが、73歳ですからね」
彼女の夫は結成41年のパンクバンド、UKsubsの伝説的なボーカリスト、チャーリー・ハーパーである。年齢的にはおそらく最年長だが、妻の献身的な健康管理で現在でも世界ツアーを続けている、お達者パンクスだ。
一方、会場にいるまだまだ元気な40代でも、かなりの肥満体型が目立つ。西欧諸国の特徴的なワーキングクラスでもある。
「彼らは月曜から金曜まで真面目に働いています。建設現場やドライバーなどの肉体労働などが多いですが、休暇はこうしてビールとパンクなど好きなことで過ごすんです。40年間ずっとそうした生活を続けているようです」
実はこのフェス自体がそうしたパンクスたちの手によるものだという。
「機材などの設営と警備などは専門の会社に委託してますが、企画と運営は出演者でもあるバンドメンバーや関係者がやっています。パンクスが自分たちの手で作り上げているフェスなんです」
その言葉通り、受付はモヒカンの兄ちゃんがボランティアらしく、お気に入りのバンドの時は観客となっていた、ステージバックに書かれたロゴもよく見ると手作りのようで微妙にいびつだ。
このフェスが誕生したのは1996年。パンク誕生、20周年の年である。セルアウトしたアメリカの一部のスターバンドを除いて、すでに音楽業界からは「商品として魅力がない」音楽と目されたパンクバンドたち。その多くは、インディーズでの活動を余儀なくされていた。
実は、メイン会場で演奏をするバンドでさえ、普段は他の職に就いているケースがほとんどだ。演奏が終わると物販を自分でやって、ファンと語らう姿も珍しくない。