Keiko Honda
本田桂子
  • ワシントンDC、USA
  • 世界銀行グループ MIGA 長官CEO
  • 熊本県生まれ

ペンシルバニア大学経営学大学院(ウォートンスクール)修士課程修了(MBA)。マッキンゼー・アンド・カンパニーのアジア部門初の女性シニア・パートナーなどを経て。2013年から現職。一女の母。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
大学卒業後の就職活動は雇用機会均等法の以前で、四大卒・下宿の女性が働ける場所は限られていたこと。
Q2 ターニングポイントは?
35歳で出産をしたこと。仕事中心だった生活が一変し、時間の使い方を工夫するようになった。
Q3 影響を受けた実在の人は?
マッキンゼーでのメンター。エンジョイとは、辛いことも含めて良い経験をすることと教わった。
Q4 原動力となる言葉
特にありません。

貧困の撲滅と繁栄の共有を目指すMIGAの長官として、130人の職員と共に、政治リスク保険と信用補完を手がける。加えて、世界銀行グループ全体の経営会議チームの1人として、世銀改革にも取り組む。「MIGAのミッションは私自身のミッションでもあります」と、本田は語る。また、世銀グループMIGA職の人材育成にも力を注ぐ。

 
Yoky Matsuoka
松岡陽子
  • パロアルト、USA
  • Apple ヘルスケア部門 幹部
  • 日本生まれ

1972年生まれ。プロテニス選手を目指し16歳で渡米。
ケガのためにプロ断念もロボットに興味を持ちMITで博士号を取得。Google X、ネスト・ラボ等を経て、今年5月Appleヘルスケア部門の幹部に。

 
Miki Iwamura
岩村水樹
  • 東京、日本
  • Google専務執行役員CMO APACブランド&マーケティング マネージングディレクター
  • 東京都生まれ

1988年東京大学教養学部卒業後、電通に入社。その後、スタンフォード大学にて経営学修士号を取得。外資系のラグジュアリーブランドのマネジメントなどに携わった後、2007年グーグルに入社。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
ベンチャー企業でマネジメントしていた時に、経営者同士の意見の違いにより、仲間が去っていったこと。
Q2 ターニングポイントは?
常に興味と学びを求めてきたが、子供ができ、世の中にインパクトを与える仕事に取り組みたいと思った。
Q3 影響を受けた実在の人は?
MBA留学する際に、当時の上司(後に副社長)に「学問だけでなく人間を学べ」と言われた。
Q4 原動力となる言葉
“Radically Hopeful”(徹底的希望を持つ)。世界はより良くできると強く思う。

2014年、女性とテクノロジーの持つ可能性とをつなぐ「Women Will」プロジェクトをアジア全域でローンチ。女性の支援だけでなく、女性を取り巻く人々に向けてメッセージを発信する。岩村がよく口にするのが、「チームを家族に、家族をチームに」。「家族は、何があっても守ってくれる存在。会社での関係も、そんな風にしておくのが大切だと思います」。

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Maiko Ariizumi
有泉麻依子
  • ロンドン、UK
  • ダイヤモンド・トランスミッション・コーポレーション社 ファイナンシャル・コントローラー
  • 東京都生まれ

1993年日本女子大学卒業。MBA取得後、ロンドンにて複数社での勤務を経て2013年から現職。統括会社経理部長として財務会計等の報告から、会計・税務を通した収益性向上の戦略立案まで幅広く担当する。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
もともと会計に全く興味がなかったのに、名目欲しさに始めてしまった会計士受験時代。
Q2 ターニングポイントは?
公認会計士試験に受かった時と留学時。
Q3 影響を受けた実在の人は?
成瀬仁蔵(日本における女子高等教育の開拓者)
Q4 原動力となる言葉
「Indecision is often worse than wrong action.」

現在は三菱商事100%英国子会社で、イギリス・ドイツの海底送電インフラ事業に関わる会計・税務業務に携わっている。難関試験への挑戦・専門職への憧れという漠然とした理由で会計士試験を始めた為、受験時に苦労したが、留学も含めて困難を乗り越える度に自分の活動・活躍の範囲が広がるのを実感している。ミッションは、自分も周りも幸せになること。

 
Haruko Koide
小出治子
  • ワシントンDC、アメリカ
  • 世界銀行国際金融公社シニア・インベストメント・オフィサー
  • 神奈川県生まれ

1988年コーネル大学大学院卒業。みずほ銀行、KPMGピートマーウィック(M&A部門)を経て、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)に入社。2002年に渡米し、現職。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
辛い思いはしたことがないが、20~30代前半は自分の将来がはっきり見えず「迷いが多かった時期」。
Q2 ターニングポイントは?
BCGに勤めた5年間。自分の成長カーブが高かった時期だし、仕事で付加価値が付けられる自信が生まれた。
Q3 影響を受けた実在の人は?
祖母。「幸せな人生は与えられるものではなく、自分で作り出すもの」と教えてくれた。
Q4 原動力となる言葉
「Trust the Universe, Follow your intuition.」

20~30代前半は、世界を舞台にプロフェッショナルとして通用する力をつけたい、と自分の成長にフォーカスしていた。BCGでの5年間で「自分の成長」がある程度達成できたように思い、世銀グループに入ってからは自らの能力を世の中に還元したいという思いが強くなった。(例えば、途上国の貧困削減や女性の立場の向上、子供の教育など)

 
Mari Kawawa
川和まり
  • ティブロン、USA
  • Emotomy共同創業者兼 CFO、Belvedere Advisors LLC CFO
  • 東京都生まれ

1987年上智大学卒業。スタンフォード大学大学院経営修士。ペイン・ウェーバー、インベスコなど金融でキャリアを築いた後、夫と共に資産運用会社と金融ロボアドバイザーの会社を経営。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
2008年の金融危機の時。自分が信じてやってきたことが、根底から崩されるのを感じた。
Q2 ターニングポイントは?
34〜5歳の時。それまで真面目に働いて順調に昇進したが、会社内での政治の壁にぶつかった。
Q3 影響を受けた実在の人は?
良くも悪くも、金融時代の上司。部下の間は可愛がってくれたが、同僚になった時に態度が180度変わった。
Q4 原動力となる言葉
「Go the Extra Miles」。限界だと思った時、もう少し頑張ってみようと思う。
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Yu Yamakami
山上 遊
  • ナイロビ、ケニア
  • リクシル総合研究所 グローバル環境インフラ研究室 社長戦略室
  • 東京都生まれ

1978年生まれ。東京都立大学大学院工学研究科を修了後、LIXIL(旧INAX)に入社。入社後は、システムエンジニアとして生産管理を手がける。現在はケニアで無水トイレの普及に尽力。

 
Chika Watanabe
渡辺千賀
  • ロスアルトス、USA
  • Blueshift Global Partners 社長 経営コンサルタント
  • 東京都生まれ

1964年生まれ。東京大学工学部卒業。スタンフォード大学大学院経営修士。三菱商事、マッキンゼーを経て2000年渡米。技術関連事業での日米企業間アライアンスと先端技術に関する戦略立案を行う。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
パリへの旅行で、財布・パスポート・iPhoneすべてが入ったバッグを盗まれた時。クラウドのおかげで九死に一生を得た。
Q2 ターニングポイントは?
27歳のMBA留学。迷っていた時パロアルト出張でMBAの先輩がジーンズ、スニーカーで車から降りてきて、これだ、と思った。
Q3 影響を受けた実在の人は?
アメリカの投稿サイトで性転換した人が男女差別について語っていて、同一人物が同じ仕事をしても周りの評価が違うことに驚いた。
Q4 原動力となる言葉
言葉は特にないが、やはり「好奇心」を満たす仕事をずっとやっていたい。
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Yuka Mitsui
三井悠加
  • ロサンゼルス、USA
  • 三井エージェンシーインターナショナル CEO
  • 東京都生まれ

1982年生まれ。2004年、三井エージェンシー入社。アーティストのマネージメントなどを行う。14年、三井エージェンシーインターナショナルをロサンゼルスに設立、浮世絵プロジェクトを開始。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
29歳のとき、何も英語が話せない状態でアメリカに語学留学したこと。頼る存在もなく途方に暮れた。
Q2 ターニングポイントは?
語学留学としてアメリカで生活していたときに、日本の文化や特に浮世絵の素晴らしさに気づいたこと。
Q3 影響を受けた実在の人は?
父。背伸びをしてでも、業界のトップの人々と仕事をすることが成功につながると教えてくれた。
Q4 原動力となる言葉
「Let’s make it happen!」(日本語では「やってみよう!」「実現させよう!」というような意味)

8年前に初めて浮世絵の復刻版に触れ、繊細な色使い、職人の精巧な技術に惚れ込んだ。2014年、江戸浮世絵木版画技術の保存と継承や、浮世絵を世界へ広めることを目的に浮世絵プロジェクトを開始。アメリカのロックバンドKISSとコラボレーションし、浮世絵で彼らを描く事業などを行ってきた。今年7月には、初めてフランスで同プロジェクトを展開した。

 
Lisa Katayama
片山理沙
  • サンフランシスコ、USA
  • SYパートナー シニア・ストラテジスト Tofu Project運営者
  • 東京都生まれ

1997年タフツ大学卒業、コロンビア大学国際公共政策大学院修士。MITメディアラボにてDirector’s Fellows Program、2011年より日米の起業家、研究者、アーティストを繋げるTofu Projectを運営。15年より現職。

 
Kaori Oshima
大島かおり
  • ワシントンDC、USA
  • 世界銀行 社会開発専門官
  • 東京都生まれ

2002年早稲田大学卒業後、教育系出版社の編集者に。アイルランドで在外公館派遣員、ニジェールにて青年海外協力隊の活動などを経験。帰国後、政策研究大学院大学に入学・修了を経て、世界銀行入行。

 
Shie Lundberg
ランドバーグ史枝
  • マウンテンビュー、USA
  • Google コンシューマーケア オペレーション統括部長
  • 神奈川県生まれ

1996年東京大学文学部社会学科卒業。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了。戦略系コンサルティング会社、証券会社を経て、結婚を機にシリコンバレーに移住。2013年Google入社。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
辛かった、というか衝撃だったのは、NY勤務時代に遭遇した9.11。人の命の儚さを感じた。
Q2 ターニングポイントは?
ビジネススクール時代。オプラ・ウィンフリーの言葉は、今でも折節に振り返ることがある。
Q3 影響を受けた実在の人は?
小学校の先生。詩人だった。学級新聞に毎回パズルをのせてくれて、それを解くのが好きだった。
Q4 原動力となる言葉
「Hope」。人間、希望がないと力が出ない。なるべくチームもそういうもので導きたい、と思う。
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Yumiko Kase
加瀬由美子
  • バンコク、タイ
  • アジアハーブアソシエイション創業者兼CEO
  • 神奈川県生まれ

1964年生まれ。2002年単身タイに渡りマッサージ店、アジアハーブアソシエイションを設立。現在は年間25万人が訪れる人気店に。13年にロート製薬と現地で合弁会社を設立。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
21歳で娘を産み、結婚したが、パートナーが直後に若くして急死。悲しさを仕事に打ち込むことで忘れようと必死で働いた。
Q2 ターニングポイントは?
やはり、タイに来たこと。失敗ばかりだったが、お客さま、取引先の方々に叱咤激励され育てられた。
Q3 影響を受けた実在の人は?
中学生の時、数学者の遠山啓さんの「ひと」という雑誌を読み、手紙を書いたことがきっかけで、長く文通をさせていただいた。
Q4 原動力となる言葉
「いまを生きる」。昨日ではなく、明日ではなく、「いま」を大切にしたい。
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Ari Horie
堀江愛利
  • メンローパーク、USA
  • Women's Startup Lab 創業者兼CEO
  • 広島県生まれ

1972年生まれ。カリフォルニア州立大学を卒業後、1994年に米IBMに入社。複数のスタートアップを経験した後に、2013年に女性起業家専門のアクセラレーターWomen's Startup Labを設立。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
子育てと母親の介護が重なった時期。四六時中家族の世話に追われ、精神的に辛かった。
Q2 ターニングポイントは?
母が亡くなったこと。限りある残りの人生、人の役に立つ、大きい仕事がしたい、と思った。
Q3 影響を受けた実在の人は?
S&R財団理事の久能祐子先生。自分らしく生きておられる姿に憧れる。
Q4 原動力となる言葉
「Why not?」。これはできない、無理、という言葉には、常に「なぜ?」と問いかけたい。

母が亡くなったのをきっかけに、残りの人生、人の役に立つことがしたい、と思った。女性起業家、企業内起業家を支援するのは、それが本当に世の中にとって良いことだと信じているから。女性たちがさらに活躍することで持続可能性がある良識的な社会になり、またそれだけでなく、新たなビジネスチャンスを生み出すきっかけにもなる。

 
Rie Yano
矢野莉恵
  • ニューヨーク、USA
  • Material World 共同創業者兼CEO
  • 愛知県生まれ

三菱商事を退職して私費でハーバードビジネススクールへ留学、2010年卒業。そこで出会ったジー・ツェンとともに、ファッションスタートアップ激戦区のニューヨークでMaterial Wrldを創業。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
HBS在学時に起業した1社目をたたんだ時。今思い出しても涙が出そうになる。
Q2 ターニングポイントは?
ビジネススクールの研修で訪れたイスラエルの、自由闊達な起業文化に感化された。
Q3 影響を受けた実在の人は?
ぱっと思いつくのは、やはり夫
Q4 原動力となる言葉
「人生に不可能なことはない」

自身と会社にとってのミッションは同一。「Reinvent yourself(自分を改革せよ)」。人はどんどん自分の人生を改革し、前進することができる。個人的には幼い頃から、両親の仕事の都合でデトロイト、トロント、メキシコなどに移り住み、環境が変わった経験から、個性とダイバーシティ(多様性)もテーマです。

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Mariko Tokioka
時岡真理子
  • ニューヨーク、USA
  • EastMeetEast 創業者兼CEO
  • 兵庫県生まれ

2002年ノックスカレッジ卒業。オックスフォード大学院修士。ロンドンで教育系モバイルアプリQuipperを創業、リクルートに売却、13年アジア人向けマッチングアプリEastMeetEastを起業。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
ビジネスが伸び悩んでスタッフを解雇したり、うまく投資家との関係が築けなかった時。
Q2 ターニングポイントは?
大学院で社会起業のプログラムに参加。様々な国の起業家とディスカッションを重ねたこと。
Q3 影響を受けた実在の人は?
デール・カーネギー(アメリカの作家、教師。人材育成、企業研修の開発者)
Q4 原動力となる言葉
「成功の秘訣? それは大きなビジョンが持てるかどうかだけ」ビル・ゲイツ

ニューヨークで、中国、ベトナム、フィリピン、韓国、日本など、アジア人向け婚活アプリを運営している。一番嬉しいのは、ユーザーからの「『EastMeetEast』がなければ幸せになれなかった!」という言葉。アジア人は食、教育、家族を大切にして結婚に大切な価値観を共有している。ゆくゆくは、アメリカで「アジア人コミュニティ」が作られるきっかけとなりたい。

 
Maarlie Wahddah
和田麻亞璃
  • サンノゼ、USA
  • tabbisocks 創業者
  • 東京都生まれ

1975年生まれ。2001年渡米。02年シリコンバレーでアパレル業界に参入。100年以上の歴史を持つ奈良県広陵町の靴下を世界へ伝えるべく、tabbisocksを創業。現在は北米・アジア太平洋地域で400を超える店舗で取り扱い。

 
Kumiko Yoshii
吉井久美子
  • ニューヨーク、USA
  • ゴージャス・エンターテイメント社長
  • 愛知県生まれ

ニューヨーク市立大学卒業。同大学院パフォーミングアーツマネージメント修士課程修了。1997年にゴージャス・エンターテイメントを設立。2008年よりThe John Gore OrganizationのEVP(国際ビジネス開発担当)も兼務。

 
Yukiko Yazumi
矢積悠紀子
  • ハノイ、ベトナム
  • GetJobDone 代表
  • 京都府生まれ

2014年京都大学卒業。リクルートに入社後、12年にハノイへ出向。14年クラウド型マーケティング・デザインサービス「GetJobDone」創業。15年ベトナム国内向けEコマース「Fact-depot」を共同創業。

 
Satoko Kono
功能聡子
  • 東京、日本 ほか
  • ARUN合同会社代表 特定非営利活動法人 ARUN Seed 代表理事
  • 東京都生まれ

国際基督教大学卒業。民間企業、アジア学院勤務の後、1995年よりNGO、JICA、世界銀行の業務を通して、カンボジアの復興・開発支援に携わる。2009年にARUNを設立。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
自分のやりたいことが見つからなかった時。
Q2 ターニングポイントは?
NGO、JICA、世界銀行の業務でカンボジアに赴任したこと。
Q3 影響を受けた実在の人は?
内田光子(英国籍のピアニスト)
Q4 原動力となる言葉
「すべてのこと相働きて益となる」

「(ミッションは)、社会的投資の普及と啓発」カンボジア人の社会起業家との出会いからソーシャル・ファイナンスに着目するようになる。日本の個人・企業の出資者と途上国の社会起業家をつなぐプラットフォーム、ARUNを設立。社会的な意義と投資という二兎を追う難しい取り組みからこそ、イノベーションと応援者が集まると考えている。

 
Yuka Kojima
小島由香
  • サンフランシスコ、USA 東京、日本
  • FOVE CEO
  • 新潟県生まれ

視線追跡型VRヘッドセット「FOVE」の共同創業者、CEO。1987年生まれ。2014年にFOVE設立。開発は日本、ビジネスはサンフランシスコ、と2つの拠点を持つ。現在、スタッフは約30人。FOVEは今冬発売予定。

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Miku Hirano
平野未来
  • シンガポール、台湾、ベトナム
  • Cinnamon 共同創業者兼CEO
  • 東京都生まれ

1984年生まれ。東京大学在学中にネイキッドテクノロジーを創業。2011年に同社をmixiに売却。12年にCinnamonをシンガポールに創業、ベトナム、台湾、バンコクに拠点を展開。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
1社目、2社目ともに立ち上げの時。やっていることが正しいのか間違っているか、暗中模索だった。
Q2 ターニングポイントは?
ロボットのエンジニアになりたかったが、学生の頃インターネットに出会い、その可能性に魅せられた。
Q3 影響を受けた実在の人は?
Sony CSLの北野宏明さん。子供のように新しいプロジェクトに打ち込む姿に、私もこうなりたいと思った。
Q4 原動力となる言葉
「夢は大きくアップデートしていかなければならない」。大人になって小さくなるのはおかしい。

子供の頃の夢はパイロット。今の夢は、「人類全体を大きく進歩させたい、人類の進歩に寄与したい」。直近ではベトナムで人工知能コンテストを行い、トップエンジニアを採用。「Lean AI」というプロジェクトを始めた。AIをどう使って良いのかわからない、という企業向けに、まずはさくっと初めて進化させていこう、というもの。

 
Yukako Saito
齋藤由佳子
  • ブラ、イタリア
  • Genuine Education Network(GEN) CEO
  • 東京都生まれ

1976年生まれ。2010年、10年勤めたリクルートを退職し、ワイン会社を設立。11年、ハンガリーへ移住。後にイタリアへ移り、食科学大学の大学院にて食科学を学ぶ。卒業後、GENを立ち上げた。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
2011年、震災の影響で経営していたワイン販売の会社が危機に陥ると同時に、離婚したこと。
Q2 ターニングポイントは?
A1の回答の時期は、人生の辛い時期の始まりであり、キャリアのターニングポイントにもなった。
Q3 影響を受けた実在の人は?
リクルート時代の上司。人と違うことを良いと思えるようになったのは、この方のおかげだった。
Q4 原動力となる言葉
スティーブ・ジョブズのスピーチで出てくる「Connecting dots」のフレーズ。

「子育て、キャリア形成という大きな困難が同時にやってきたことが、むしろバネになってがんばれた」と語る齋藤。2011年9月、幼い2人の子供をつれてシングルマザーとしてハンガリーへ移住。子育てと並行して、現地の大学で味覚の勉強を始めた。12年にイタリアへ移住して食科学大学へ通ったのち、地域と食文化の国際教育・研修事業を行うGENを立ち上げた。

 
Yayoi Yamazaki
山崎やよい
  • 東京、日本
  • 考古学者
  • 京都府生まれ

1958年生まれ。89年よりシリア・アレッポを拠点に数々の発掘調査に参加。JICAの専門家としてヨルダンで博物館教育活動に関与。シリア国立アレッポ大学考古学科講師を経験。シリア被災女性自立支援団体「イブラ・ワ・ハイト」発起人。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
シリアでの紛争が始まって1年余りのころ、シリア人の主人に先立たれたこと。
Q2 ターニングポイントは?
1989年にシリアに渡航したこと。
Q3 影響を受けた実在の人は?
母親。シリア人の主人。
Q4 原動力となる言葉
「明けない夜はない」明日が見えないような気持ちで床についても、日がまた登れば気の持ちようも変わる。

「(ミッションは)、まずはトライしてみること」1989年に講談社の奨学金、「野間アジアアフリカ奨学金」を受けてシリアに渡航したことがキャリアのターニングポイントになった。アレッポ博物館客員研究員として日本、シリア、ヨーロッパなど各国の主導する考古学的調査、修復事業などに携わる。その後フリーとなって、同様の活動を継続した。

 
Mikiko Kainuma
甲斐沼美紀子
  • つくば市、日本
  • (公財)地球環境戦略研究機関/研究顧問
  • 広島県生まれ

1973年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。77年国立公害研究所(現独立行政法人環境研究所)入所。2011〜16年3月国立環境研究所社会環境システム研究センター/フェロー。14年より現職を併任。

 
Yasuyo Matsumoto
松本安代
  • 日本
  • 国立国際医療研究センター 客員研究員 大森産婦人科医院 医師
  • 兵庫県生まれ

1970年生まれ。徳島大学医学部医学科卒業後、臨床経験を積み、バングラデシュで産婦人科臨床医として勤務。その後仏語圏アフリカ母子保健研修の受け入れなどを経てベトナム、ラオス、バングラデシュ等での調査研究に携わる。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
日本では簡単に手に入る薬が手に入らず、検査もできずに目の前で亡くなる妊産婦さんがいたこと。
Q2 ターニングポイントは?
最大限頑張っても救えない命があることを目の当たりにし、一臨床医として働く限界を感じた時。
Q3 影響を受けた実在の人は?
産婦人科医として育ててくれたかつての上司(国立国際医療研究センター国際医療協力局 藤田則子氏)。
Q4 原動力となる言葉
「明日のことを思いわずらうな。明日のことは、明日自身が思いわずらうであろう」

「自分が今あるのは多くの人の助けがあってこそ」「停電や断水時は医療者としての多少の知識や技術があってもどうにもならない」「臨床医として自分が最大限頑張っても救えない命があることを目の当たりにし、一臨床医として働くことの限界を感じ、保健システムとして一人でも多くの妊産婦さんを救うにはどうすればよいかを考えるようになった」

 
Eri Hotta
堀田江理
  • ニューヨーク、USA
  • 在野研究者
  • 東京都生まれ

1994年プリンストン大学歴史学部卒業。オックスフォード大学より国際関係修士号、同博士号を取得。同校で教鞭をとった後、政策研究大学院大学、イスラエル国立ヘブライ大学などで研究、執筆活動を行う。

 
Tomoko Ako
阿古智子
  • 東京、日本
  • 東京大学大学院総合文化研究科准教授
  • 大阪府生まれ

1971年生まれ。大阪外国語大学外国語学部中国語学科卒、名古屋大学国際開発研究科修士課程修了、香港大学教育学系博士取得。在中国日本大使館専門調査員などを歴任。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
小学校高学年で始まった母の闘病と中学校3年の時の死去。弁護士や活動家の中国の友人の逮捕。
Q2 ターニングポイントは?
香港の大学院で社会調査の手法を学び、学問と社会実践を結びつける楽しさを知ったこと。
Q3 影響を受けた実在の人は?
アンネ・フランク、向田邦子、三浦綾子、有吉佐和子
Q4 原動力となる言葉
「順其自然」 ありのままでいる、自然の流れに身を委ねる、自分らしくある、という意味。。
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Izumi Nakamitsu
中満泉
  • ニューヨーク、USA
  • 国連事務次長補 国連開発計画総裁補兼 危機対応局 局長
  • 京都府生まれ

1963年生まれ。早稲田大学法学部卒業。米国ジョージタウン大学大学院修士。UNHCRでの様々なポジションを経て2005年から3年間一橋大学法学部、国際・公共政策大学院教授。14年より現職。

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Irene Hirano Inouye
アイリーン・ヒラノ・イノウエ
  • ワシントンDC、USA
  • 米日カウンシル 会長
  • ロサンゼルス、USA生まれ

1970年に南カリフォルニア大学公共行政学学士号、72年に同修士号取得。88年に全米日系人博物館の初代館長に就任。2008年に米日カウンシルを創設。東日本大震災後に「TOMODACHIイニシアチブ」を創設。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
子どものころに、同居していた日系アメリカ人一世の父方の祖父を亡くしたこと。
Q2 ターニングポイントは?
全米日系人博物館の初代館長に就任し、キャリアチェンジをしたこと。以前は医療分野で働いていた。
Q3 影響を受けた実在の人は?
亡き夫のダニエル・イノウエ元米国上院議員。
Q4 原動力となる言葉
「Anything is possible but you have to try(どんなことも可能だが、それには挑戦が必要)」

「(ミッションは)、アメリカと日本の関係をより良いものにし、この遺産を引き継いていく次の世代の若いリーダーたちを支援することです」全米日系人博物館の館長になることが決まった時に、以前から持っていた非営利組織への関心と、日系アメリカ人の物語が国内外の人々と共有され、日系アメリカ人のコミュニティに貢献したいという想いが重なった。

 
Yukiko Arai
荒井由希子
  • ジュネーブ、スイス
  • 国連・国際労働機関(ILO)ジュネーブ本部多国籍企業局 上級専門家
  • 東京都生まれ

1973年生まれ。2001年よりILOで活動。13年、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会の国際部ディレクターに任命。プレゼンター、及び質疑応答の進行役として招致成功に導いた。

 
Mari Yamashita
山下真理
  • ニューヨーク、USA
  • 国連平和構築支援事務所 次長
  • 東京都生まれ

1988年、上智大学卒。90年より国連事務局情報収集調査局、選挙支援部などで活動。2010年に国際連合広報センター所長、2012年にニューヨーク国連本部で政務局アジア・太平洋部部長に就任。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
国連に入って初めての出張。民主化へ向けて動き始めた頃の情勢が不安定な中央アフリカ共和国に一人で派遣された。
Q2 ターニングポイントは?
25歳で国連競争試験に合格したとき。高校生の時から一途に思い続けてきた「国連で働く」という夢が実現したから。
Q3 影響を受けた実在の人は?
猪口邦子氏。上智大学在学中に授業を受け、当時の女性教授のイメージを一新する、若く、賢明で輝く印象に憧れた。
Q4 原動力となる言葉
「自分の好きなことに確信を持つこと」。情熱を持ち、自分を信じて行動してきたことが今につながっている。
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June Kunugi
功刀純子
  • パレスチナ
  • UNICEF(国連児童基金) パレスチナ事務所特別代表
  • ニューヨーク、USA生まれ

ウェスレアン大学で学士号を取得後、コロンビア大学大学院で ジャーナリズム修士号取得。1991年にUNICEF NY本部にて勤務を開始。各国の事務所代表、NY本部の公的資金調達局次長などを経て現職。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
バングラデシュの地下水のヒ素汚染が判明し、メディア対応に追われた時期。
Q2 ターニングポイントは?
2003年に初めてUNICEFの事務所の代表(オマーン)になった時。当時は37歳で、最年少の代表だった。
Q3 影響を受けた実在の人は?
素晴らしいアイデアや芸術性の持ち主や仕事を成し遂げた多くの人。同僚、仕事の協力者、子供や若者。
Q4 原動力となる言葉
“Be the change you want to see in the world(あなたが見たい変化になりなさい)” ガンジーの言葉。

「人、特に子供の手助けをすることは、もっとも意味のある人生の時間の使い方だと考えています。若者が希望や大志、理想について話しているのを聞くことは大きなモチベーションになっています」。子供の権利向上を目的として行っているユニセフ活動に携る。2003年にオマーン事務所の代表になった時は37歳で、代表としては当時最年少だった。

 
Yukie Mokuo
杢尾雪絵
  • ビシュケク、キルギス共和国
  • ユニセフ(国連児童基金)キルギス共和国事務所 代表
  • 東京都生まれ

1960年生まれ。国連ボランティアなどを経て、ユニセフにて子供の権利向上を目指す活動を開始。コソボ、モンテネグロ、タジキスタン、ウクライナの各所で事務所代表(97年~)を務めて現職に。

 
Maki Fukami
深見真希
  • ワシントンDC、USA
  • グローバルレジリエンス 研究所代表
  • 福岡県生まれ

2008年京都大学大学院経済学博士。12年「グローバルレジリエンス研究所(IIGR)」を設立。15年米国連邦緊急事態管理庁(FEMA)関連団体の国際危機管理者協会(IAEM)に日本評議会が新設され会長に。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
博士号を取得した時。研究テーマが特異すぎると学界から敬遠され、職も収入もない生活。
Q2 ターニングポイントは?
2009年にIAEMのメンバーになってアメリカ危機管理のネットワークに入ったこと。
Q3 影響を受けた実在の人は?
モザイクのように、色々な人から影響を受けている。
Q4 原動力となる言葉
「We love you」。家族、大切な友人、頼りにしている仕事仲間に言われると、がんばろうと思える。

通りすがりの人から重要なインスピレーションを受けることもある。世の中がこうなったらいいのに、と思うことに関して、自分にできることをできる範囲でやる。大義名分を掲げているように見られることも多いですが、実際は自分にできることをやるだけ。むしろ、自分にできることなのにやらなかったり、見て見ぬ振りをしたりしないように心がけている。

 
Megumi Yoshii
吉井愛
  • アビジャン、コートジボワール
  • 国連事務総長特別補佐官
  • 千葉県生まれ

1998年上智大学卒業、経済同友会事務局に勤務。内閣府国際平和協力本部事務局での研究員などを経て、2011年、国連コンゴ民主共和国安定化ミッション( 通称MONUSCO)に政務官として勤務。15年に異動し、現職。

 
Tomoko Matsukawa
松川倫子
  • ニューヨーク、USA
  • Acumen NY本部 リーダー育成プログラムデザイナー
  • 愛知県生まれ、東京育ち

2013年より、インパクト投資を行う米国のNPO、Acumenに参加。貧困解決にはセクター・国境を超えた人材の育成と、似た志を持つ人々をつなげるコミュニティが大切、と考えるAcumenではリーダー育成にも力を入れる。

 
Yumi Kuwana
桑名由美
  • ニューヨーク、USA
  • グローバル・シチズンズ・イニシアチブ創立者
  • ケンブリッジ(米国)生まれ

ペンシルバニア大学ウォートンスクールを卒業後、シティバンク、モルガンスタンレーなど25年にわたる金融のキャリアを持つ。2012年グローバル・シチズン・イニシアチブを創設。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
中学校2年生の時のいじめ。英語の教師より英語がうまく話せたのがいけなかった?
Q2 ターニングポイントは?
40歳になったら夫婦で事業をしようと決めていた。自由に色々なことができるようになった。
Q3 影響を受けた実在の人は?
柳井正さん。AからBに行くためにどうするか、コツコツやって、間違えたら軌道修正していくところがすごいと思う。
Q4 原動力となる言葉
「人間として進化し続けること」。
PICK UP記事は
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Yukari Hara
原ゆかり
  • ヨハネスブルグ、南アフリカ
  • MY DREAM. org創始者・共同代表
  • 愛媛県生まれ

2009年東京外国語大学卒業後、外務省入省。ガーナにおいてボランティアを行ったことをきっかけに、12年、ガーナ・ボナイリの人々の経済的自立などを支援するNGO MY DREAM. org設立。15年に外務省退職。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
バックボーンや文化の違うボナイリの村の人との仕事で、意思の疎通がうまくできなかったとき。
Q2 ターニングポイントは?
初めてガーナに行った時に出会ったザック。現在、共にMY DREAMの共同代表を務めている。
Q3 影響を受けた実在の人は?
父。「自分の信念に従って生きなさい」と教えてくれた。
Q4 原動力となる言葉
今ベストだと思える決断を重ねていけば、道は拓けてくる。

初めてガーナを訪れた時、原は大失恋の直後だった。ボナイリの人々はもてなしの心が厚く、人柄も温かい。現地で傷付いた心が癒され、彼らに愛着を感じたことが現在の活動のきっかけに。「目標は、村の人々が経済的自立と社会還元のエコシステムを実現すること」。村で初めての幼稚園や工房などの建物の建設に尽力し、布製品の製作指導などを行っている。

 
Toshiko Mori
森俊子
  • ニューヨーク、USA
  • Toshiko Mori Architect PLLC 建築事務所主宰 ハーバードGSD大学院教授
  • 兵庫県生まれ

クーパー・ユニオン大学建築学部卒業 。1981年に独立。95年ハーバード大学の教授就任GSD女性最初のテニュア。02年から08年まで同大学院建築学部長。08年シンクタンクVisionarc 設立。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
辛いとは思ったことはない。チャレンジが大きいほどやる気がでて、背水の陣などスリル満点で大好きです。
Q2 ターニングポイントは?
ターニングポイントの繰り返しで進歩や革新のきっかけが出来る。柔軟な考え方で対応できるようにしている。
Q3 影響を受けた実在の人は?
クーパー・ユニオン大学の建築学部長で恩師のジョン・ヘイダックとイサムノグチさん。
Q4 原動力となる言葉
“Be Generous”。どんな時にも、どんな人と対応する時も寛容性を忘れないこと。

ニューヨーク、ロンドン、東京を行き来しながら育つ。ミッションは、建築とデザインで人々の毎日の生活の質を向上させること。「空間は、日常生活と密接しているので、些細なことでも価値観が変わる瞬間を生み出すことができる」。女性が圧倒的に少ない建築業界で、時間と場所に制約を受けない働き方を推奨するなど、柔軟な考え方、臨機応変な態度で備えている。

 
Shiho Fukuhara
福原志保
  • 東京、日本
  • アーティスト
  • 新潟生まれ、東京育ち

2004年に英国で「バイオプレゼンス」、後に「BCL」を設立。国内外のプロジェクトを多く手がける。Google ATAP プロジェクトジャカード テキスタイル・クリエイティブリード。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
強いて言えば、少し前まで科学とアートやデザインを結びつけることに、なかなか理解が得られなかったこと。
Q2 ターニングポイントは?
最初のターニングポイントは、「英語が苦手」「嫌い」と思っていたことを家庭教師に「好きなこと」にすり替えて貰えたこと。
Q3 影響を受けた実在の人は?
(バイオアートの先駆者と呼ばれる)ジョー・デイヴィス。絶対に諦めない人。環境が難しくても、遂行するという意志を持つ人だから。
Q4 原動力となる言葉
「後悔をしない生き方をしなさい」という両親の言葉。「やらないリスク」を取るほうが後悔する、と幼少期から言われて育った。
PICK UP記事は
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Sputniko!
スプツニ子!
  • ボストン、USA 東京、日本
  • 現代美術家、MITメディアラボ助教
  • 東京都生まれ

科学やテクノロジーがいかに人の価値観や社会に影響を及ぼすかを考察する作品を制作、発表している。作品に「ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩」など。第11回「ロレアル_ユネスコ 女性科学者 日本特別賞」受賞。

 
Niki Nakayama
ニキ・ナカヤマ
  • ロサンゼルス、USA
  • シェフ
  • ロサンゼルス生まれ

レストラン「n/naka」オーナーシェフ。米国で生まれ育ち、料理学校を卒業した後、日本で3年間料理の修業を行う。米国でさらに経験を積んだ後、「n/naka」をオープン。創作懐石料理の店として、話題を集める。

 
Atsuko Radcliffe
ラドクリフ敦子
  • ハンターヴァレー、オーストラリア
  • ワイナリー「スモール・フォレスト」オーナー兼ワインメーカー
  • 茨城県生まれ

1987年から90年にかけて、「ココ・ファーム・ワイナリー」でワイン製造、企画などを経験した後、海外のワイナリーで経験を積む。その後、日本酒造りに携わる。2013年に「スモール・フォレスト」を設立。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
両親に結婚を反対されたこと。今では、夫は両親のお気に入りです。
Q2 ターニングポイントは?
大きなターニングポイントがあったわけではなく、本当にやりたいことなのか、自分で判断してきたつもり。
Q3 影響を受けた実在の人は?
両親、業界を超えた友人。もちろんワインメーカーの友人たちも。
Q4 原動力となる言葉
「何とかなる」。厳しい状況に陥った時、普段の行いや強い想いは、後の出来事に影響すると信じる。

オーストラリア初の日本人醸造家であるラドクリフ敦子。その存在が稀有であるのは、ワイン、日本酒のどちらの世界にも精通しているから。一度は日本酒造りに携わりたいという思いを払拭し、ワインの世界で経験を積むも、やがてIWCロンドンのSAKE部門の審査員を務めるまでになる。「日本酒は、日本人であるというルーツを掘り下げるきっかけとなる重要なもの」。

 
Megumi Sasaki
佐々木芽生
  • ニューヨーク、USA
  • 映画監督
  • 北海道生まれ

東北新社に入社後、インド放浪の旅へ。ニューヨークに立ち寄り、日本に帰国するつもりが、そのまま残りニューヨーク在住歴29年。『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』(2010年)は日本でも話題に。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
30代の後半で鬱になったこと。何にも興味を持てず、すべてのことがどうでも良くなった。今思うと怖い。
Q2 ターニングポイントは?
インドへの旅。モノから解放され、失うものがなくなった時、人間は本当の自由になれることを知った。
Q3 影響を受けた実在の人は?
ハーブとドロシー。裕福ではないが、アート作品に愛を持って接していた彼らから色々なことを学んだ。
Q4 原動力となる言葉
「最後はすべてうまくいく」。大きな障害に直面しても、最後には納得がいく作品になる、と信じる。

ドキュメンタリー映画をつくりたい、という強い思いがあったわけではない。NHKのアメリカ総局に入社し、「おはよう日本」の経済ニュースでキャスターを務めた後、ドキュメンタリーの取材をするようになったことで、自分はリアルな世界のリアルな人の物語に興味があると気づく。「世の中があまり目を向けないようなところにカメラを向けて、声なき人の物語を伝えたい」。

 
Ikko Yokoyama
横山いくこ
  • 香港
  • キュレーター
  • 群馬県生まれ

2019年完成予定の公立美術館M+のデザイン&建築キュレーターとして、収蔵作品の収集や展示企画などに携わる。1995から2015年までスウェーデン、16年から香港在住。共著に『リサ・ラーソン作品集』。

 
Kiki Sukezane
祐真キキ
  • ロサンゼルス、USA
  • 女優
  • 京都府生まれ

1989年生まれ。アメリカのテレビドラマ『HEROESREBORN/ヒーローズ・リボーン』に出演し、注目を集める。高校時代に、1年間アメリカに留学。一度帰国するも、2012年にロサンゼルスに本格移住。

 
Miki Tsusaka
津坂美樹
  • 東京、日本
  • BCG 東京事務所シニア・パートナー&マネージング・ディレクター
  • 東京都生まれ

1963年生まれ。ハーバード大学卒業後、同大学MBA修了。84年からBCG東京およびNY事務所勤務を経てグローバル・エグゼクティブ・コミッティメンバー、マーケティングのグローバル・リーダーを務める。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
大学を卒業してすぐに祖母を亡くしたこと。普段は気丈な母が葬儀の時に非常に不安定で悲しんでいた。
Q2 ターニングポイントは?
3回の産休から戻った後、どうやって子育てと仕事を両立するか試行錯誤を重ねた時期。
Q3 影響を受けた実在の人は?
母と父。両親のように素晴らしい親であり、職業人でありたいと思います。
Q4 原動力となる言葉
父から「察しと思いやり。なんでも思いっきり」。母から「人の立場に立って考える」。

「母親であることと、仕事の最前線にいることを両立する術を模索した期間は間違いなく節目で、どの経験も仕事面での成長をもたらしてくれました」仕事のミッションは、部下であれクライアントであれ、彼らがもつポテンシャルを最大限に引き出して、またそれを超えていくような大きな成果をあげる手助けをすること。

 
Lin Kobayashi
小林りん
  • 軽井沢、日本
  • 学校法人インターナショナルスクール・オブ・アジア 軽井沢代表理事
  • 東京都生まれ

1998年東大経済学部卒業、2005年スタンフォード大教育学部修士課程修了。国際協力銀行、国連児童基金などを経験。09年、軽井沢に世界中の高校1〜3年生を対象とする全寮制インターナショナルスクールを創設した。

 
Izumi Kobayashi
小林いずみ
  • 東京、日本
  • ANA社外取締役、三井物産社外取締役
  • 東京都生まれ

1959年生まれ。成蹊大学文学部文化学科卒業。メリルリンチ日本証券代表取締役、世界銀行グループ多数国間投資保証機関長官などを歴任。2005年には米ウォールストリート「注目すべき女性50人」に選ばれる。

 
Ayano Senaha
瀬名波文野
  • 東京、日本
  • Head of Global Talent Management Office, Recruit Group
  • 沖縄県生まれ

2006年早稲田大学政治経済学部卒業。リクルート入社後、経営企画、人材事業を経てグローバル派遣事業へ。イギリスにて買収後企業のトップとして経営再建を果たした後、R&D本部を経て2016年4月より現職。

 
Mio Takaoka
高岡美緒
  • 東京、日本
  • マネックスグループ 執行役員 新事業企画室長
  • 大阪市生まれ

1999年英国ケンブリッジ大学自然科学部物理学科卒業。証券会社勤務を経て2009年にマネックスグループに入社。新規事業開発およびコーポレートベンチャーキャピタルの運営を行っている。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
子供のころ、常にアウトサイダーだったこと。
Q2 ターニングポイントは?
仕事上、IQよりEQ(メンタル)が大事だということに気づいた時。
Q3 影響を受けた実在の人は?
祖母。「とにかく周りの人に対して感謝、謙虚さ、思いやりを持ちなさい」と言われ続けた。
Q4 原動力となる言葉
「あなたの発言や行動は皆忘れるが、あなたの存在によってどんな気持ちになったかは忘れない」

「今の私があるのは小さい頃から聞かされていた祖母の言葉を意識してきたおかげです。思春期において白人ばかりの学校に通っており、なぜ自分だけ外見や価値観が違うのか、周りに自分と似たような境遇の身近な人がおらず、もがいていた時期が今の自分を形成していると思います。仕事のミッションは成長を重ね、少しでも多く社会に貢献できるような人になること」。

 
Kanae Doi
土井香苗
  • 東京、日本
  • ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表
  • 神奈川県生まれ

1998年東京大学卒業。2000年から難民法、国際人権法などを専門に弁護士として活動。06年からヒューマン・ライツ・ウォッチに。紛争地や独裁国家の人権侵害を調査や、日本を人権大国にするための活動をしている。

 
Mari Kogiso
小木曽麻里
  • 東京、日本
  • 笹川平和財団 国際事業企画部 部長
  • 東京都生まれ

世界銀行グループMIGAの東京事務所長などを経て、2011年4月、東日本大震災後の被災地の支援を目的とする、ブルーフォー東北を設立。今年1月より笹川平和財団にて、アジアの高齢化問題などを扱っている。

Q1 人生で最も辛かった経験は?
大学卒業後7年勤めた日本長期信用銀行を退職、米国留学を決意した際、周囲から猛反対されたこと。
Q2 ターニングポイントは?
留学中にワシントンDCの世界銀行を訪問したことをきっかけに、世界銀行での勤務が決まったこと。
Q3 影響を受けた実在の人は?
インドネシアでの医療活動に尽力した父と、日本の無医村を回って北海道から沖縄まで移動した祖父。
Q4 原動力となる言葉
日々是好日

銀行を退職して米国留学を決めた時、夫や家族、同僚は大反対。誰にも理解されない孤独を感じつつ渡米したのは、「専門職を身に付けて海外ネットワークを築きたい」という目標があったから。思い切って踏み出した一歩が、その後の華々しいキャリアにつながった。「少しでも海外に興味を持ったら、考える前にどんどん飛び出した方がいい」。

 
Eri Machii
町井恵理
  • 東京、日本
  • アフリカ医療支援NPO法人Afri Medico 代表理事
  • 大阪府生まれ

1977年生まれ。青年海外協力隊として、ニジェールでマラリアやエイズ予防に携わった。アフリカへの長期的な医療支援、経過観察を目的に、2013年、NPO法人AfriMedicoを立ち上げた。

 

Tom Kelley


トム・ケリー

世界10カ国に拠点を持ち、『デザイン思考』を提唱するデザインファームIDEOの共同創業者。Japan Innovation Network理事。「推薦者を選ぶに当たっては、IDEO Tokyoの仲間と友人たちに、プロセスを”クラウドソーシング”し、厳選しました。最終的なリストは非常に興味深い活動をし、達成している女性たちが多く驚きました」。

 

Sachiko Kuno


久能裕子

スキャンポ・ファーマシューティカルズ共同創業者兼初代CEO、S&R財団理事長兼CEO。2015年にはForbes「米国自力成功女性50人」に日本人として唯一選ばれる。女性起業家を支援するプロジェクトにも多く関わる。「ミッションを持って海外に渡る日本人女性は多くいる。海外で活躍する女性にスポットを当てるのは素晴らしいこと」。

 

Kundo Koyama


小山薫堂

放送作家・脚本家。オレンジ・アンド・パートナーズ代表取締役本誌で人気連載執筆中。「海外で日本人女性が活躍するためには、コミュニケーション能力はもちろんですが、それ以上に日本人の本能ともいえる『慮る力』が大きな武器になると思います。加えて、日本文化を自分の価値観に染み込ませる力が必要ではないでしょうか」。

 

Yoko Ishikura


石倉洋子

経営学者、一橋大学名誉教授。慶応大学教授、日清ホールディングス社外取締役、富士通社外取締役、双日社外取締役などを歴任。著書に『グローバルキャリア』(東洋経済新報社)など。「アートやカルチャーなど、ジャンルを問わず世界に誇る日本人女性は多くいる。一流に国境は関係ない。後に続く人に期待しています」。

 

Kathy Matsui


キャシー松井

ゴールドマン・サックス証券副会長、グローバル・マクロ調査部アジア部門統括、チーフ日本株ストラテジスト。1999年に「ウーマノミクス」という新しい概念を用いて、女性の労働力の拡大が日本経済に与える影響を分析したレポートを発表。女性を取り囲む社会環境の改善に取り組む。「アジア女子大学の設立を支援する会」共同代表。

 

Kazuo Tase


田瀬和夫

デロイト トーマツ コンサルティング執行役員。元外務省、国連職員。国連「人間の安全保障委員会」では緒方貞子の議長補佐官を務める。「国連で能力を発揮する女性たちの共通点は、精神的にタフであり、オプティミストであること。また、異なる国籍の同僚や部下を納得させ、意見の対立に第3の定義を提示できる能力が求められます」。

 

Kyoko Hayashi


林恭子

グロービス経営管理本部本部長、マネージング・ディレクター。ボストン・コンサルティング・グループで人事担当リーダーとして能力開発、ウィメンズ・イニシアチブ・コミッティ委員等幅広く人材マネジメントを担当した経歴を持つ。経済同友会会員。著書に『女性プロフェッショナルたちから学ぶキャリア形成』(ナカニシヤ出版)など。

 
 
 
 

武器はミッション、舞台は地球!

ビジネス、国際機関、アート&カルチャー、起業家、研究者。
世界には、各分野で活躍する多くの日本人女性たちがいる。
アジア太平洋、北米、アフリカ、ヨーロッパ各地で
「ミッションを持って活躍する」55人の女性たちをForbes JAPANが厳選。
世界の第一線で活躍する彼女たちの、仕事&プライベートに迫る!

 
 

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ADVISORY BOARD

リスト作成に当たって、2016年3~6月、各分野を代表するアドバイザリーボード7人(トム・ケリー氏、久能祐子氏、小山薫堂氏、石倉洋子氏、キャシー松井氏、田瀬和夫氏、林恭子氏、プロフィールは下記参照)から「ミッションを持ち、海外で活躍する日本の女性」のテーマで推薦者を募り、編集部から候補を加えたリストから55人に厳選。さらにそのリストの中から無記名での推薦を募り、ピックアップ記事の参考とした。

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