時の哲学 vol.1 Cartier(カルティエ)

カルティエの新作「クレ ドゥ カルティエ」。詳細は文末へ。(フォーブスジャパン9月号より)


なぜ、エレガントな時計は人々を魅了するのか。なぜ、時を刻むために生まれたものに、カルティエのエレガントな新作時計のような、洗練された佇まいが求められるのか。東京大学池上高志教授による、時計と豊かな心をめぐる論考をともに味わう。

一万年のいまを刻む

僕らの「今」は、どんどん短くなっている。電子的に書き込まれるスケジュール帳には、すでに来年のイベントが書き込まれている。そんな未来の約束に僕らの今が激しく束縛される。これから未来をつくっていくのではなくて、予定された未来までの隙間を埋めていく時間。ここに因果は激しく逆転している。

インターネットがさらにその束縛を加速する。情報が多く集まることで、チャンスは増え、そのために行動は未来に規定され、束縛のない「今」という時間は失われる。どこかに自由な時間をつくってくれる装置はないものか。科学技術は生活を豊かにしてくれるものではなかったのか。

米国ネバダ州の砂漠をずっと行った山奥に、一万年の間動かすために創られた時計がある。計算機科学者のダニエル・ヒルズや作曲家で、サウンドアーティストのブライアン・イーノらが協力して創りあげた時計である。石灰質の山の中に、チタニウムでできた巨大な振り子時計が設置されている。今が何年何月何時何分かを自動的に記憶し、時が来れば誰も聞いていなくてもチャイムを鳴らす。ブライアン・イーノが機械的にしかし決して同じ音が繰り返されないチャイムを設計した。

この時計には、故障するかもしれないICチップは採用できない。機械仕掛けの鉄鋼とセラミック製の歯車が活躍する。これを世界で最も遅いコンピューターが制御する。できる限り省エネで、しかし正確さを失うことなく一万年の間、時を刻まねばならない。

訪れる訪問者があれば、時計は訪問者に時を告げ、代わりに訪問者がネジを巻く。後は全部自動的に時計がエネルギーを蓄える。ゆっくりと振れる振り子と、昼と夜の温度差からエネルギーを取り出し、日周期と同期する。この時計には一万年の記憶がある。

一万年時計は、ラスコーの壁画の現代版だ。それは一万年後の人類に向けた遺産でありメッセージだ。あるいは蓮(はす)の種を思い出させる。1951年に千葉県の検見川で発見された弥生時代の蓮の種は、2,000年後の現在に花を咲かせた。2,000年の間、種の中では何かが死に絶えることなく時を刻み、時に際して花を咲かす。それを人工的に作り出す技術は容易ではない。

一万年も動く時計となると、動力の供給、時刻の正確さ、故障とメンテナンス、ありとあらゆる課題が浮上する。それに天才計算機科学者のヒルズが、多くの技術者とともに取り組んだのだ。一万年後にこの時計が正しく時を告げるのか、それを見る者はまだこの世にはいない。

この一万年時計はヒルズたちの始めた、Long Now計画の一環である。

ゆったりとした時間を考えるためのプロジェクト。例えば一万年壊れない建築、そういうのも進行中である。インターネットを創りだした米国。高速計算のためのコンピューター開発。

その一方でLong Nowのような思考回路が回りだすところが米国の強さだろう。むちゃくちゃ効率重視に見えて、その実ひどくロマンチックな。そのために強力なテクノロジーが開発される。そこには月に人類を送り込んだアポロ計画や、アリゾナにもうひとつの閉鎖された地球を人工的につくり出すBiosphere2と、共通のマインドセットが見て取れる。

強力なテクノロジーとロマンチックな心情は文化の両輪である。そこに豊かさの源泉がある。グレースフルな腕時計には、確かにそのふたつが見て取れる。この頃、国立大学から文学部をなくそう、大学を職業訓練学校にしなくては、という声が政府から、また経済界から飛んでくる。

どちらか片方では豊かさは生まれない。政府が追従したがっている米国には、一方でLong Nowのような心のありようがあっての科学大国、ということをぜひ知ってもらいたい。

美しい文学を知らない者は、また大きな技術も創れない。


vol.1 Cartier Clé de Cartier

1847年に、ジュエリー職人であったルイ=フランソワ・カルティエが生み出したカルティエは情熱を込めた独創的なデザインを追求。その気高いスピリットは今年発表の新作「クレ ドゥ カルティエ」(写真)にも込められている。

置き時計を巻き上げる鍵を思わせるリュウズは、創意工夫に富んだスクエアなフォルムにサファイアをセットして格調高く仕上げた。流れるようなラインが調和する、洗練の極みと呼ぶべきタイムピースだ。

REFERENCE : CRWGCL0006
MOVEMENT : キャリバー1847MC
CASE MATERIAL : ロジウム加工18Kホワイトゴールド
CASE WIDTH : 40mm
PRICE : ¥4,260,000(税抜)
CONTACT : カルティエ カスタマー サービスセンター 0120-301-757

styling and prop by Yuka Matsumoto | edit by Tsuzumi Aoyama

この記事は 「Forbes JAPAN No.14 2015年9月号(2015/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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