ビジネス

2015.08.01

師弟対談「 本を読み、感性を磨き、ライバルに勝て」

クレディセゾン代表取締役社長 林野 宏(左)とセゾン投信代表取締役社長 中野晴啓(右)

セゾン投信という小さな投資信託会社を立ち上げた中野晴啓。日本に正しい金融の在り方を問うべく、中野をバックアップし続けたクレディセゾン社長林野宏。2人のビジネスに対する情熱が、本を介してここにぶつかり合う。

林野 宏(以下、林野):中野さん、読書していますか。

中野晴啓(以下、中野):セミナーなどでアウトプットする機会はたくさんあるのですが、逆に読書を通じてインプットする時間がなくなっているのが気がかりです。そういう林野さんこそ、多忙だから読書の時間を捻出するのが大変じゃないですか。

林野:僕の場合、読書は趣味のひとつだからね。仕事はもちろん大事だけれども、読書は「知の泉」だと思っているので、できるだけ読書の時間を作るようにしています。中野さんにとって読書ってなに?

中野:自分の思考やベクトルを調整するための蝶番みたいなものですね。何かひとつでも得られるものがあれば、1,500円でも、1万円でも払っていいと思います。

林野:本を選ぶ基準みたいなものはある?

中野:感性で選びます。ビジネスでも感性を大事にしろというのは、林野さんの教えですよ。

林野:だから、僕は『BQ』という本を書いたけれども、面白いことに読む本というのは、年齢によって変化していくものだね。幼少の頃は『シートン動物記』や『ファーブル昆虫記』、中学生くらいから推理小説や伝記、もう少し大人になってからは湯川秀樹や石原慎太郎に夢中になったよ。それで書くことに興味を持つようになり、気がついたら、自分でも本を書いていた。

中野:でも、最近は本を読まない人が増えているような気がします。

林野:読書はクセを付けてさえしまえば、面白いけれど、多くの人は読むのが苦痛なんだな。だから、苦痛だと思わずに面白がればいい。それは仕事も一緒だよ。

中野:クレディセゾンという会社をここまで大きくするには、他の人が想像できないような苦労もあったと思いますが、林野さんはそれも楽しみながら、カード業界のイノベーターとして突き進んできましたね。

林野:クレジットカードは消費のツールなのだけれども、どうやって先行他社との差別化を図るかという点に腐心したね。セゾンカードは女性や若者から支持されていて、彼らは文化に対する感応度が高かったから、カード会員向けにコンサートなどのチケットが取りやすくなる「e+(イープラス)」というサービスを開始したり、女性の間で競馬がブームになった時は、1口2万円から馬主になれる「サラブレットクラブセゾン」を立ち上げたりしたけれども、もうひとつ何か決め手を作りたいと考えていた時、お金を増やすためのツールが必要だと思いついたんだ。

それがセゾン投信を立ち上げるきっかけ。軌道に乗せるまで大変だったけれど、中野さんたちの努力でようやくここまできたね。どのような形にせよ、今、多くの人がお金を働かせる重要性に気づき始めた。まさにトマ・ピケティの「r>g」を実践し始めたわけだね。

中野:セゾン投信では手数料を取らないノーロードのファンドを、極めて低い信託報酬で販売したのですが、それはバンガードという運用会社を立ち上げたジョン・ボーグルの『Enough.』という本を読んだからなのです。日本語で「足るを知る」という意味ですが、米国でも金融業界はあれだけ高収益を上げていながら、まだ貪欲に利益を追求しようとする。

結果、投資家のためという本来の立ち位置や、社会奉仕というビジネスの原点を忘れてしまった。そのアンチテーゼとしてセゾン投信を立ち上げた時、林野さんは「儲けよりも正しい金融の流れを作るんだ。10年、20年かかるか分からないけれども、後になってセゾンが正しかったと言われるようなことをしよう」とおっしゃってくださった。

林野:儲かれば何をやってもいいというのは、ビジネスとして邪道。ビジネスの基本はイノベーションによって、世の中をビックリさせることにあると、僕は堤清二さんから学んだのだよ。堤さんもお金にはまるで関心がなくて、とにかくイノベーティブなビジネスをやりたがった。お金は後から付いてくるという考え方だね。


林野宏氏と中野晴啓氏におススメの本をそれぞれ3冊選んでいただいた。詳細は文末に記載。
林野宏氏と中野晴啓氏におススメの本をそれぞれ3冊選定していただいた。詳細は文末に記載。「足るを知る」ことの難しさ

中野:それにしても、そんなにお金、お金と言って、いったい何に使うのでしょうね。

林野:そこが人間の弱いところだね。人間はとにかく欲望に弱い。金銭欲、名誉欲、挙げていくとキリがない。お金が貯まると、もっと欲しくなる。欲望には際限がないんだね。だからこそ、ボーグルの「足るを知る」ことが大事なのだけれども、なかなかそうはいかない。でも、こんな話を知っているかな。米国の有名証券会社の社員は、自分の資産を運用するのに、バンガードのファンドを使っているって。

中野:かの著名投資家であるウォーレン・バフェットが自分の遺言で、妻の資産運用はバークシャー・ハサウェイの株式ではなく、S&P500のインデックスファンドで運用するように指示したという話もありますね。

林野:バフェットといえば、チャールズ・エリスが書いた『投資の名言』という本の中で、バフェットが「バークシャー・ハサウェイを買収したのは失敗だった。その次に買収した百貨店も失敗だった」と述べたことを書いているね。

もともとバークシャー・ハサウェイは繊維会社だったが、バフェットが買収した時、すでに米国の繊維業界は日本の安い繊維に市場を奪われて苦戦していたし、百貨店も衰退産業だった。成功者が自分の失敗談を書くこと自体が珍しいし、それ以上にこの言葉で感心したのは、いくら名経営者でも、会社そのものがダメだと、経営はうまくいかないということなんだ。

中野:そこには投資の本質がある気がします。得てして、短期のトレーダーは日々動いている株価を追いかけてしまいがちですが、本物の投資とは、経営者と会社をしっかり見て、世の中に素敵なものを提供する会社に資金を投じることだと思います。

林野:中野さんが理想とする組織、仕事の形ってどういうもの?

中野:少数精鋭の小さな組織ですね。規模が大きくなり過ぎると、社員は顧客ではなく、社内政治にばかり気を取られるようになる。企業は社会に新たな付加価値を提供するためにあるのですから、社員は皆、顧客の方を向いていなければなりません。だからこそ、小さな組織がよいと思うのです。

林野:少数が精鋭を生み出すのだと、僕は思う。一人の社員がいろいろな仕事をこなさなければならないからね。そして時に、大企業を打ち負かすような中小企業が出てくる。投資をするならそういう会社が面白いし、また自分たちも、そういう組織であり続けたいね。



林野 宏オススメ3冊
『チャールズ・エリスが選ぶ「投資の名言」』
(日経ビジネス人文庫)チャールズ・エリス/著、鹿毛雄二/訳

『21世紀の資本』
(みすず書房)トマ・ピケティ/著、山形浩生、守岡 桜、森本正史/訳

『30代でも定年後でもほったらかしで3000万円! 投資信託はこうして買いなさい』
(ダイヤモンド社)中野晴啓/著

中野晴啓オススメ3冊
『Enough 波瀾の時代の幸福論 マネー、ビジネス、人生の「足る」を知る』
(武田ランダムハウスジャパン)ジョン・C・ボーグル/著、山崎恵理子/訳

『投資家が「お金」よりも大切にしていること』
(星海社)藤野英人/著

『預金バカ 賢い人は銀行預金をやめている』
(講談社+α新書)中野晴啓/著

鈴木雅光 = 構成 平岩 享 = 写真

この記事は 「Forbes JAPAN No.13 2015年8月号(2015/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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