日本社会に依然として残る社会人の髪型や髪色への固定観念や、髪の自由化への個人や企業のアプローチを、全3回にわたって紐解いていく。
連載最終回では、保育士を含む全職員の髪色自由化に踏み切った保育所「さくらさくみらい」を運営する株式会社さくらさくみらい 代表取締役社長 西尾義隆と、ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング株式会社 アシスタントブランドマネージャー - ラックスの大西朱音が対談した。
社会人は黒髪であるべきという固定観念と向き合い、業界に先駆けて髪色自由化にするまでの道のりと、その後の周囲の反応、経営への影響について語った。
「保育士は黒髪であるべき」という思い込み
大西朱音(以下、大西):首都圏や大阪府で保育所を運営されている御社では、2023年8月に保育士を含むすべての職員の髪色を自由化したと伺いました。保守的なイメージがある保育業界において、画期的な取り組みだと思います。西尾義隆(以下、西尾):髪色自由化をスタートしてから半年以上経ちましたが、職員や子どもたち、そして保護者の皆さまもポジティブに受け止めています。
職員の髪色を自由にしたきっかけは、それまで設けていた髪色に関する社内ルールの運用に限界を感じたことでした。このトーンまではOKと決めていたものの、ルールの範囲ギリギリまで明るくする職員もいて、注意するか否かの線引きが難しくなっていたのです。
社内でこの課題があがった際、「そもそも、髪色のルールは必要なのか」という疑問が湧きあがったんです。理由を説明できませんし、髪が何色であっても誰かに迷惑をかけるわけでもない。人の外見と能力が関係するわけでもありません。企業として、髪は黒くなければいけないという思い込みがあったに過ぎないのではないかと感じるようになりました。
一方、ネイルやピアスについては、ストーンが取れて子どもたちが誤って口にする恐れがあるため、禁止しています。これは、安全面や衛生面の理由があってのルールです。
大西:そのような背景があったんですね。髪色自由化の検討には、どのくらいの期間をかけましたか。
西尾:3年ほどです。検討している間にも、一人ひとりが個性を表現することを是とする時代に変わってきていると感じていました。当社も世の中の流れに即して経営をしていくべきだと考え、自由化に踏み切ったのです。
髪色自由化に対するクレームはゼロ
大西:髪色自由化を決断するまでには、葛藤もあったのではないでしょうか。西尾:自由化を検討するにあたって、保護者の考えもお聞きしたいと思って事前にアンケートを取ったところ、反対意見はほぼあがりませんでした。保育士と子どもたちや保護者の皆さまは、長期間にわたるお付き合いを通して、お互いを深く理解する関係を築いています。であれば、髪色という第一印象で相手を判断することはないだろうと考え、髪色を自由化して保育士が自分らしく働くことで、皆がハッピーになる保育環境をつくるべきだと判断しました。
当社が運営する保育所は、子どもの個性を大切にし、おうちのように安全・安心な環境をつくる方針を掲げています。にもかかわらず、職員の個性を尊重しないのは、この方針にそぐわないことだったのですよね。
大西:長いお付き合いだからこそ、髪色で相手を判断することがなくなるんですね。自由化した後、周囲からはどのような反応がありましたか。
西尾:髪色を明るくしたかった職員にとっては、ルールを何とか守れる範囲で髪を染めるというストレスがなくなり、明るい表情で働けるようになったと思っています。今後は、職員の採用にも好影響があることを期待したいですね。
また、保護者からのクレームは一件もありませんし、入園希望者が減ることも起きていません。会社経営にマイナスな影響はなく、むしろ保護者から保育士へ「その髪の色、すてきですね」と声をかけていただくなど、明るいコミュニケーションが生まれています。
子どもたちにも好評です。子どもが保育士を見て髪を染めたがるのではないかという懸念があったものの、「大きくなってからにしようね」と伝えれば納得してくれています。
印象に残っているのは、保育士資格を取得する専門学校の先生からの一言でした。当社が髪色を自由化したと連絡したところ、「就職試験を受けるときに髪を黒く染めるよう学生に指導していましたが、これは人権を否定するようなことだったかもしれない」と返信をいただいたのです。
大西:当社にも当てはまることですが、「会社として髪色のルールは定めていないものの、採用面接を受ける学生はほぼ全員、黒髪で来社する」というのが現状です。明文化されたルールがないにもかかわらず、変に目立たないようにすることを優先して黒髪にしているのですよね。
他人に合わせるのではなく、自分らしい髪型にすることで自信が芽生えたりモチベーションが高まったりすれば、むしろ仕事にプラスの影響があると思うんです。美容院に行った後に明るい気持ちになるように、人は自分の外見が変わると、心理的にも前向きになれますから。
西尾:同感です。周囲の反応を見ると、改めて「黒髪のルールは、一体誰がつくったんだろう」と思わされます。自己表現を苦手とする日本人の気質が、よくない意味で現れていたのかもしれません。私自身も、いつの間にかバイアスがかかってしまっていたのだと痛感しています。
自分らしい髪色であることが当たり前になるまで
西尾:当社の髪色自由化に対し、多くの方からここまで興味をもっていただけるとは思っていませんでした。大西:自分らしい髪色にすることは、当たり前であるはずなんですよね。これは決して、黒髪を否定するものではありません。一人ひとりが自分らしくいられる髪色を選べることが大切だと思っています。
当社では、2030年までに当たり前が変わっていることを目指し、「Real Me ID Project」で、社会人の髪に対するステレオタイプをなくすためのメッセージを発信しています。社会を変えていくことで「自分らしい髪型にして、自信をもちたい」と思う人が増えてほしいという想いをもとにしたプロジェクトです。
西尾:多様性を認め合う社会をつくる取り組みですね。この10年を振り返ると、自分らしく生きることを尊重する世の中になりつつあることを感じますし、学校教育も変わってきていますから、今の子どもたちが社会に出る10年後には、当たり前は大きく変わるでしょう。
組織のマネジメントにおいても、ルールで縛りつける時代は終わり、社員のアイデンティティを大切にする潮流が生まれています。社会ではまだ、男性の育休取得が促進されないなど、無意識のバイアスによって妨げられていることが残っています。それらを見つめ直し、時代の変化とともに変わることを恐れず経営していくことで、結果として会社が成長できると考えているところです。
大西:当社も、社会を変えるこの活動は続けていく強い意思をもっています。最近では、「社会人らしい髪型」を考えてもらうきっかけにしてほしいという思いを込めて、これから社会人になる学生向けに「社会人っぽくしかオーダーできない美容室」をオープンしました。世間で広がる固定観念の「社会人らしさ」ではなく、自分自身がなりたい社会人像を専門家がコーチングし、ヘアスタイリストと相談しながら自分なりの「社会人っぽい」髪にカットできるという取り組みです。
今後もヘアケアメーカーとして、誰もが自分らしくいられるための製品を開発するとともに、自分らしい髪型にしたいと思う人の背中を押す活動も行い、「当たり前」を変えていけるブランドであり続けたいと思います。
LUX Real Me ID Project
https://www.lux.co.jp/behairself/realmeid/
西尾義隆(にしお・よしたか)◎株式会社さくらさくみらい 代表取締役社長。1973年兵庫県神戸市生まれ 関西大学卒業 株式会社アイディーユー(現アセットマーケティング(株))にてマンション事業者向けの土地媒介、企画などに従事。
リーマンショックの際、同僚が保育所探しに苦戦している様子を目の当たりにし、自身の経験を保育所整備に役立てられると思い、2009年に株式会社ブロッサムを起業。同時に代表取締役に就任。以来、社会に必要な存在として、多くの人の幸せをサポートしていきたい思いで、事業に邁進。一般社団法人 日本こども育成協議会 理事。
大西朱音(おおにし・あかね)◎ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング株式会社 アシスタントブランドマネージャー - ラックス。2021年9月新生LUXのリブランディングを先導。新たなLUXブランドのスタートに際し、2030年までのブランドビジョンとして「LUX BRAVE VISION 2030」を掲げ、2023年には「#BeHairself 私の髪は、私が決める。」というメッセージと共に髪の自由化を進めるプロジェクトを担当。社員証の写真をより自由で自身を表現できる髪型で撮り直すブランドアクション「Real Me ID Project」の企画・実行を通じてブランドメッセージを発信し、本アクションで2023年日経広告賞優秀賞を受賞。