アジア

2024.03.06 09:00

トランプ復権への恐れも? 「元安誘導」しない中国の深謀遠慮

安井克至
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中国の規制当局はこのところ、人民元を安定化させる措置を講じている。少なくとも外面的には、中国政府は人民元や中国経済への信認を高めようとしているように見える。同時に、中国人民銀行(中央銀行)が利下げにそれほど積極的でないことも、多くのエコノミストを驚かせている。

中国人民銀行は確かに、市中銀行の預金準備率を引き下げてはいる。2月下旬には、軟調な住宅市場を下支えしようと、最優遇貸出金利(ローンプライムレート=LPR)のうち住宅ローン金利の基準となる5年物金利を4.2%から3.95%に引き下げた。

これについて、野村のエコノミストのティン・ルーは「低迷している不動産市場のテコ入れを狙ったものなのは明らかだ」と解説している。そのうえで「中国政府は不動産市場を安定化させるために、不動産開発プロジェクトを救済する取り組みをもっとやらなくてはならないだろう」との見解を示している。

中国人民銀行は、苦境にある市場や部門への流動性の供給も行っている。各地の地方政府を含めて、その対象が数多くあるのはいうまでもない。

中国経済をめぐっては、中国恒大集団をはじめ巨額の債務を抱える不動産開発会社に注目が集まりがちだが、真に懸念すべきは地方政府の投資会社である地方融資平台(LGFV)のレバレッジ(借り入れ)かもしれない。9兆ドル(約1350兆円)にのぼる「隠れ債務」問題が行き詰まれば、2008年のリーマン・ショックすらかすむほどの危機になるに違いない。

とはいえ、中国人民銀行が金融緩和に慎重姿勢を保っていることは、アジア通貨のトレンドに関する多くのエコノミストの予想を裏切っている。そうした姿勢が、中国人民銀行の潘功勝総裁のチームが2024年の中国経済に自身を深めつつあることの表れだとすれば、良いニュースということになるだろう。

他方、それがもし、中国経済全体に定着しつつあるデフレを中国人民銀行が過小評価しているということなのなら、それほど楽観はできない。デフレを甘く見たことは日本が1990年代に犯した過ちであり、それは失われた数十年につながった。

中国も同様に、デフレを回避するための行動があまりに遅く、あまりに慎重すぎるという大きな失策をしつつあるのか。それは時間がたてばわかるだろう。

状況が劇的に変わりそうなのは、世論調査の結果どおりドナルド・トランプ前米大統領がホワイトハウスに戻ってきた場合だ。トランプは、政権に復帰すればすべての中国製品に60%(ほかの国の製品は10%)の関税を課すとちらつかせている。

英キャピタル・エコノミストは最近のリポートで、トランプが1期目に導入した関税は中国経済に対して「驚くほど軽微なダメージ」しか与えなかったが、次は「中国がダメージを受け流すのは難しくなるかもしれない」と指摘している。

「トランプ2.0」政権が誕生すれば、中国経済はほかにはないようなストレステストを受けることになるはずだ。広くアジア全体も、地域の経済エンジンがさまざまな仕方で息切れしつつあることを考えれば、トランプの復権によって同様の試練にさらされるだろう。

とはいえ現時点では、中国は機を見るに敏な仕事をしてFXトレーダーたちをじらし続けている。また、為替レートが米大統領選の立候補者たちの口にのぼらないようにもしている。2024年の元高を見込んでいたエコノミストはほとんどいなかった。

forbes.com 原文

翻訳・編集=江戸伸禎

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