北米

2024.03.08

DEIが広げるアメリカ社会の亀裂

先月の本コラムでは、ハーバード大学のクローディン・ゲイ学長が、反イスラエル(反ユダヤ)の学生グループの取り締まりに消極的な議会証言をしたことと、自身の盗作疑惑が高まったことから辞任に追い込まれたことを書いた。

その後、ゲイ学長を強く批判していた裕福なヘッジファンド創業者などは、批判の矛を収めるどころか、そもそも業績が少ないゲイ教授が学長に選出されたのは、DEI(Diversity, Equity, Inclusion)重視のおかげに違いないと、批判の対象を拡大した。さらに、DEI が、反ユダヤ主義(Anti-Semitism)をキャンパス内にまん延させた要因である、という主張する。

DEIのそもそもの出発点にはふたつの源流がある、と私は考えている。ひとつは、少数のグループ(女性、黒人など)を差別してきた歴史の償いをするように、要職に積極的に登用するように行動しよう、という倫理的源流である。もうひとつは、社会や組織の発展、成長のためには、少数グループも積極的に社会経済に取り込むことが重要だ、という合理的源流である。

合理的源流の典型は、おそらく1960年代に始まったアファーマティブ・アクション(Affirmative Action)であろう。大学入試や会社の採用・昇進人事において、少数グループ(女性、黒人など)が、能力・業績的に同等か勝っているのに、偏見などで不当な「差別」を受けて不合格になる、不採用になる、ことを阻止するために、能力・業績が同等以上の場合には少数グループの人を積極的に採用する、ということがアファーマティブ・アクションと呼ばれ、多くの組織で実施されてきた。

これは多様なバックグラウンド(性別、人種、文化、能力)をもつ人でも、有能であれば登用することは、社会・組織の発展にとっても望ましい、という合理的な判断が根底にある。

一方、倫理的な源流が先鋭化すると、過去の差別(黒人の場合には奴隷制までさかのぼる)への償いの意味から、たとえ能力・業績が足りなくても少数グループを登用しなくてはならない、という考え方になる。

アメリカで、倫理的な源流が強いものになったのは、2020年5月に起きた白人警官が黒人であるジョージ・フロイドを職務質問の最中に殺してしまった事件が大きく影響している。

黒人の生命を軽視するな(Black Lives Matter)という運動が全米で巻き起こり、根強い黒人差別撤廃への社会変革に結び付いていこうとした。入試や人事でも黒人優遇の機運がさらに高まり、(差別的)警察への予算削減、黒人差別に賛成していたウッドロー・ウィルソン大統領の名が冠されたプリンストン大学の公共政策大学院から、その名前が消えるということまで起きた。
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文=伊藤隆敏

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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