政治

2023.11.04 12:30

ロシアのウクライナ侵攻は、なぜ起きたか? 専門家が語る「これからの安全保障」

Forbes JAPAN編集部
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COLUMN インタビューを終えて

「同質化戦略」と「差別化戦略」の使い分け

「軍事戦略とビジネスの戦略の違いは何か?」──この日どうしても聞きたかった質問だ。私は普段、企業の取締役CSOとして戦略立案業務を行っているが「戦略とは何か」についてよく考える。戦略は、もともと戦争用語の「軍事戦略」から来ている。だとしたら、語源の軍事戦略とビジネスの戦略の最大の違いは何か?ぜひ軍事分析のプロに聞いてみたかったのだ。

東京大学先端科学技術研究センター。ここは複雑に横断する社会課題を解決するための研究機関。この場所でロシアの軍事・安全保障を研究する小泉悠は、こう答えた。「軍事戦略では、相手が嫌がることをする優先度が高い」と。つまりビジネス戦略に比べて「相手の嫌がる弱点や急所を突くこと」へのインセンティブが強い、ということだ。その極端な例が相手のトップの暗殺だろう。

そのうえで彼は続けた。「ビジネスの世界ではウィンウィンがありえますよね。でも軍事ではありません」と。ビジネスの世界ではA社とB社が戦った結果、お互いのシェアを奪いながら、市場も大きくなることはありうる。しかし、軍事の世界にそれはない。勝つか、負けるか。ゼロサムの世界だ。また、ビジネスでは自社の戦力を高めること、生産能力を高めることが、結果的に競合戦略より優先度が高くなることがありうる。しかし、軍事ではよりエゲツない手法、「嫌がらせ」の優先度が上がるのだという。

私はここまでの話を聞いて、自分の普段の仕事に当てはめて考えてみた。これはつまり「同質化戦略」と「差別化戦略」の使い分けなのかもしれない。同質化戦略とは、競合と同じ戦力をもつための方法。一方で差別化戦略は、他社が模倣できない有効な強みをもつための手法。この両者に共通する要素のひとつは「競合がされていちばん嫌であり、かつ脅威になることへの投資」だろう。例えば、徹底的にまねされることが脅威のときもある。反対に、徹底的に独自路線を追求することが脅威になるときもある。こう考えてみると、軍事戦略とビジネス戦略も、やはり根本はよく似ている。

取材の最後に聞いてみた。「アメリカはやはり戦略能力が高いんですか?」と。彼は言った。「こういう言葉があります。大国に戦略は要らない、と。アメリカは経済的にも軍事的にも世界最強。戦略は結局、弱い国にこそ必要なんです」。まさに「戦わずして勝つ」ことが最強の戦略。私は密かに思った。「戦略はやはり面白い」と。


小泉 悠◎1982年、千葉県生まれ。東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。専門はロシアの軍事・安全保障。早稲田大学大学院政治学研究科修了。政治学修士。外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、未来工学研究所特別研究員を経て現職。『「帝国」ロシアの地政学』で2019年サントリー学芸賞受賞。撮影は、終戦後に東京帝国大学航空研究所解体後も保存活用された「3m風洞」(1930年実験開始)前にて。

北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『仕事の教科書』ほか。近著は『これから市場価値が上がる人』。

文=神吉弘邦 写真=桑嶋 維 北野唯我=文(4ページ目コラム)

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年11月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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