経済

2023.09.20 17:30

VIVANTこと自衛隊「別班」元三佐が私に語った「KCIA工作と潜伏」──編集長コラム

次に、主権侵害の外交問題に発展しているので、法務省外局の公安調査庁が「網を張る」のは当然だろう。それなのに政府を指揮する立場にある官房副長官の後藤田が、なぜ「網にかかるな」と指示するのか。

そして事件には最大の謎が残っている。KCIAが暗殺を試みて、金大中を海に投げ込もうとした瞬間、接近してきた飛行機(ヘリコプターという説もある)だ。映画のクライマックスのようなどんでん返しである。こんな偶然が起きるのだろうか。KCIA元部長の金炯旭によると、「機体には日の丸があった」という(前出・『影の軍隊』)。ちなみに金炯旭KCIA元部長は73年にアメリカに亡命。米議会で朴正煕大統領の不正(米政界への賄賂)を証言した後、KCIAによってパリで拉致され殺害されている。

もしも飛行機が海上自衛隊のものであれば、日本政府は拉致計画を知っていて、暗殺を防いだことになる。参院法務委員会で警察庁は「民間機、公有機のどちらも徹底的に調査しているが、特定するに至っていない」と答弁している。だが、前出の『影の軍隊』は、複数の情報提供とインタビューによって、次のように書いている。

金大中の拉致を知ったアメリカ大統領補佐官のヘンリー・キッシンジャーが、在韓アメリカ大使館を通じてKCIAに「暗殺を中止せよ」と指示した。また、金大中と旧知の仲だったライシャワー元駐日大使も複数のルートで動き、韓国政府に対して、即刻中止を求めている。さらに米CIAは座間基地にある陸軍第500情報部隊に連絡。厚木基地を通じて、自衛隊の哨戒機に出動が命じられたという。その座間基地に通勤していたのが、「別班」の班長であり、別班は事件を事前に知り得ていたはずだと「赤旗」は推測している。これが真実であれば、拉致や殺害を厭わない軍事独裁政権の暴走を、日米の連携によって水面下で食い止めたという言い方ができなくはない。いずれにせよ、金大中が殺されていれば、事件から25年後に彼が大統領になることもなければ、歴史はまた違う道を進んでいただろう。

坪山さんとの付き合いのなかで、私は「別班」について一度も質問をしたことがなかった。表に出したところで、それがどんな価値を生むのか自分で判断できなかったのだろう。歴史の秘密について、私は橋本龍太郎元首相に言われた言葉を思い出す。坪山さんと付き合っている頃、私は橋本元首相に次の質問をぶつけたことがある。

「橋本首相時代の1997年、横田めぐみさん奪還交渉に橋本さんはご自身の友人である民間人の故・Hさんを北朝鮮に送り込んでいますよね?」

H氏もまたキャンプ座間に出入りする謎の日本人で、ベトナム戦争に従軍したことがあったという。芸能界から政界まで幅広い人脈をもち、国民的美少女コンテンストの審査員も行っている。そのH氏が北朝鮮で交渉している時の様子を隠し撮りした映像や資料を見せられたことがあり、橋本元首相に尋ねたのだ。すると、橋本元首相はこう言った。

「確かにHさんは私の大事な友人であり、国家のために体を張って果敢に行動した人でした。ただね、私は重要かつ進行中の外交案件について人に喋るような趣味をもちあわせてないんでね」

今もなお解決に向けて模索している現在進行形の問題について、「水面下の失敗」を語って何の意味があるんだ?目標を達成してから語ればいい話じゃないか。言外にそう元首相は言っているように聞こえた。一件落着のドラマ『VIVANT』の最終回を見終えて、晴れて秘密を語れる日はいつ来るのか。そう思わずにはいられなかった。

文=藤吉 雅春(Forbes JAPAN 編集部 編集長)

ForbesBrandVoice

人気記事